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リテール投資商品の製造・販売プロセスの高度化を目指すEUの規制改革提案

2023/06/16

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欧州委員会が「リテール投資戦略」を公表

EUの執行機関である欧州委員会は5月24日、リテール投資市場の規制を幅広く見直す「リテール投資戦略」の提案を公表した。

提案された内容は多岐にわたる(注1)。しかし主な項目としては、①投資家が接する投資商品の情報に関する課題に対応するもの、②投資商品の製造・販売プロセスの課題に対応するもの、を挙げることができる。

前者には、投資家が商品の開示を有効に利用できていない状況や、デジタルマーケティングやSNS・インフルエンサーなどを介して不適切な販売活動の影響を受ける傾向が強まっている状況に対応する提案が含まれる。具体的には、リテール向けのパッケージ投資商品等(PRIIPs)(注2)の重要情報文書(KID)において電子形式での提供を柔軟化し文書の階層構造を可能にする提案や、投資業者の販売活動におけるコミュニケーションについて公正、明確かつ誤解を招かない、利益とリスクのバランスがとれたものにすることを求める提案、などがこれにあたる。

一方、後者には、一部のリテール投資商品のコストが高くリテール投資家にそれに見合った価値 を提供していない状況や、製造業者から販売業者に支払われるキックバック等の誘因報酬(inducements)がもたらす利益相反が投資商品や投資アドバイスの質に与える悪影響に対応する提案が含まれる。EUでは近年の調査結果から、リテール投資家に販売されている一部の商品についてコスト控除後のリターンが低くリスクに見合っていないこと、誘因報酬を伴う投資商品のコストが特に高いことなどが指摘されてきた。

本コラムでは、後者の提案に注目したい。以下では、中でも特に重要な、(1)投資商品の製造業者と販売業者にVFM(Value for Money:対価に見合った価値)を提供するよう求める提案、(2)顧客の最善利益を図るために投資アドバイスに新たな義務を求める提案、について説明する。

(1)投資業者にVFM(Value for Money)の提供を求める提案

提案では、PRIIPsの製造業者に対して、商品の承認プロセスにおいて、すべてのコストや手数料を特定して定量化を行い、それらが商品の特性、目的、戦略、期待パフォーマンスに照らして正当かつ相応であるか評価することを求めた。同様に販売会社に対しても、販売コストを特定して定量化を行い、トータルのコストや手数料がターゲットとする投資家層の目的やニーズに照らして正当かつ相応であるか評価を求めた。

この提案で特に注目されるのは、投資業者や当局が同じタイプの投資商品についてコストを効率的に比較できるように、欧州監督機関(欧州証券市場監督局(ESMA)など)にコストとパフォーマンスに関連するベンチマークの開発を求めたことである。自社の商品のコストやパフォーマンスがベンチマークと乖離していた場合、投資業者は追加的なテストや評価によってターゲットとする投資家層に VFMを提供していることが示せない限り、リテール投資家に提供したり推奨してはならない、とした。

UCITS等については、運用会社に対して、コストが不適切(undue)(注3)でないかについても年1回評価を行い、不適切なコストが課されていた場合には投資家に払い戻すよう求めることが提案に盛り込まれた(注4)。

(2)顧客の最善利益を図るための投資アドバイスに新たな義務を課す提案

欧州委員会では当初、利益相反をもたらす可能性がある誘引報酬を「全面的に禁止」することを目指したが(注5)、業界からの強い反対の声を受けてスタンスをやや後退させた。代わりに提案には、誘因報酬の「一部禁止」や顧客への情報提供の強化など利益相反を緩和するいくつかの措置が盛り込まれ(注6)、3年後にそれらの措置の効果を評価して全面禁止などの措置を再考する二段階アプローチが取られた。

今回提案された措置で論争を呼びそうなのが、投資業者がリテール投資家に投資アドバイスを提供する際に顧客の最善利益に沿って行動するために設けられた新しい義務である。現行規制の第2次金融商品市場指令(MiFID II)では、投資業者が誘引報酬を受け取る場合、そうした報酬が顧客への「サービスの質の向上」を図るよう設計されることが要求されている。しかし、利益相反の軽減に十分な効果がなかったと認識され、これに代わるものとして提案された。

新しい義務では3つの要件を満たすことが求められる。すなわち、アドバイザーが、①適切な範囲の金融商品についてアドバイスを行うこと、②顧客に適合した類似の商品の中から最もコスト効率性の高い商品を顧客に推奨すること、③顧客の投資目的の達成に不要でかつ余計なコストにつながる追加的な機能を持たない商品を少なくとも一つは推奨すること(注7)、である 。③の「追加的な機能」としては、例えばファンドの元本確保や仕組み商品のヘッジ要素などが考えられる。そうした不要な機能がついていない低コストの選択肢を投資家に提供することを意図したものと言える。

ポイント:提案は商品のコストを強く意識するが、有効に顧客価値を実現できるか?

以上、欧州委員会が公表した「リテール投資戦略」の提案のうち、投資業者に対して顧客にVFMを提供することを求める提案と、顧客の最善利益を図るため投資アドバイスに新たな義務を課す提案を見た。

これらの2つの提案に共通する傾向は、商品を購入した顧客が得る金銭的利益を左右する、商品や販売コストの水準の適正化に照準を合わせていることである。(1)の提案では、コストの市場ベンチマークとの比較を強調し、(2)では、顧客への投資アドバイスにおいて最もコスト効率性の高い商品、追加的な機能を持たない低コストの商品の推奨を求めた。こうした傾向の背景には、前述の通り、欧州委員会が商品のコストこそが消費者が十分に利益を得られていない原因だと問題視していたことがあるだろう。

一方、業界団体は、今回の提案について、消費者の金融商品市場への参加を促すという全体の趣旨は支持しながら、こうしたコストに焦点を置いた提案には懸念を示している。

欧州ファンド資産運用協会(EFAMA)など8業界団体は、VFMのベンチマークの提案に対して、「さまざまな顧客のニーズに合わせたソリューションを提供する」という投資プロセスのコアの目的と相反する、と指摘。顧客の最善利益を図るための投資アドバイスの3つの要件の提案についても、不相応にコストを重視しており、他にもっと価値の高い商品があっても顧客が最も安い商品を優先してしまう可能性がある、としている(注8)。

今回の欧州委員会の提案が欧州議会、EU理事会での審議を経て最終的にどのような形になるか見通すのは難しい。また特にこれら2つの提案については、採択後も、欧州委員会や欧州監督機関がどのように提案の詳細を肉付けするかで実効性が大きく左右されそうだ。中でもVFMのベンチマークについては、多様な投資商品について比較可能な意味のあるベンチマークをどう構築するのか現時点では不透明な点が多い。今後の議論が注目されよう。

近年、わが国でも投資商品の複雑な手数料について合理性や明確な説明を求める声は強まっている。商品の製造業者と販売業者の両方にVFM評価を求める今回のEUの提案には特に注目する必要があるだろう。

(注1)提案の全容については、例えば、European Commission, "Questions and answers on the Retail Investment Package"(2023年5月24日)を参照。
(注2)投資信託(UCITS)、仕組み商品、保険型投資商品などがこれにあたる。
(注3) 提案では、コストが、①開示内容に沿っており、②ファンドの運営に必要であり、③投資家を公正に扱うものであるとき「適切である(due)」と規定された。
(注4)現行の欧州委員会のレベル2指令でも、各国当局は運営会社にUCITSファンドに対して不適切なコストを課さないことを義務付けるよう求められているが、実効性に問題があったため、今回の提案では、欧州議会とEU理事会が採択するレベル1指令で、義務の内容がより明確に示された。
(注5)國見和史「EUにおける投資アドバイスに対する誘因報酬の禁止をめぐる議論」(当コラム、2023年5月22日)
(注6)具体的には、誘引報酬を一部禁止する提案として、①アドバイスを伴わない注文執行のみの商品販売における誘引報酬の禁止、②保険仲介業者が顧客に独立ベースでアドバイスを提供する際の誘引報酬の禁止(独立ベースのアドバイスを提供する投資業者はすでに禁止されている)、誘因報酬の情報提供を強化する提案として、③顧客に提供する投資サービスのコスト情報において誘引報酬の概念とネットリターンに与える影響に関するわかりやすい説明を追加、といった項目が盛り込まれた。
(注7)アドバイザーがコストが余計にかかる追加的な機能を伴う商品も推奨する場合には、そうした商品を推奨した理由を明示的に提供し、余計にかかる追加的コストを開示すること、を求めている。
(注8)EFAMA et al., "Joint Industry Statement on the EU Retail Investment Strategy" (プレスリリース、2023年6月6日)

執筆者情報

  • 國見 和史

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    契約研究員

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