ECBのラガルド総裁の記者会見-Rule of the games
はじめに
ECBは今回(2月)の政策理事会で50bpの利上げを継続することを決定した。ラガルド総裁は、物価目標の達成のために政策金利を十分に引き締め的な水準に引き上げる方針を確認し、次回(3月)も50bpの利上げを行うことを予告した。
経済情勢の判断
ラガルド総裁は、冒頭説明で、ユーロ圏の第4四半期の実質GDP成長率が前期比+0.1%とマイナス成長を回避できた点を歓迎したほか、供給制約の緩和やエネルギー価格の軟化、サービス消費の回復や賃金上昇等のために、12月時点の経済見通しよりも状況が好転しているとの評価を示した。
もちろん、ラガルド総裁も、ウクライナ情勢が企業や家計のマインドを慎重化しているほか、既往の物価上昇による実質購買力の毀損や利上げによる金融環境のタイト化によって、当面は低成長が続くとの見方を維持したが、リスクは12月時点よりも上下にバランスする方向に改善したとの見方を示した。
なお、域内国政府によるエネルギー価格の抑制策については、過度な財政支出が物価上昇圧力を強めるとの懸念を示した上で、省エネのインセンティブを付与しつつ焦点を絞るべきとの考えを再度強調するとともに、エネルギー価格の軟化を踏まえて、政策の内容を適宜見直すべきと指摘した。
質疑では、家計のエネルギーコストの負担が依然として大きい中で、域内国政府の価格抑制策を解除することは不適切との批判もあったが、ラガルド総裁は、財政政策の見直しには時間を要するだけに、現時点で見直しに着手することは有用と主張した。
物価情勢の判断
ラガルド総裁は、冒頭説明で、1月のHICPインフレ率が前年比+8.5%へ減速し、なかでもエネルギー価格がECBの見通しを上回る減速を見せた点を歓迎した。
もっとも、HICPコアインフレ率は前年比+5.2%と既往ピークを維持しているほか、工業製品や食品、サービスなどの基調的な物価上昇圧力が依然として強く、今後も域内国政府の政策対応が終了すればエネルギー価格も反発する可能性があるなど、先行きは不透明との見方を示した。
この間、賃金は労働需給の引締まりや既往の物価上昇の反映等を背景に上昇を続けているが、ECBの見通しに概ね沿った動きと評価したほか、インフレ期待も総じて2%付近で安定しているとの見方を示した。
その上で、先行きのリスクについては、12月時点よりも上下にバランスする方向に改善したと評価し、既往のエネルギー価格の上昇の波及、中国のゼロコロナ政策の転換による国際商品価格の上昇、賃金上昇の加速といった上方要因と、エネルギー価格の一層の減速や利上げに伴う総需要の抑制といった下方要因もあるとの理解を示した。
質疑では、物価圧力を評価する上で注目すべき要素を問う質問が示されたのに対し、ラガルド総裁は、価格上昇圧力の源泉としてのエネルギー価格、サービス価格への影響が大きい賃金に加えて、国際商品価格への影響が大きい中国経済の動向を挙げた。また、現在の賃金上昇は、既往の物価上昇を反映している面が強いとの理解を確認しつつも、今後の動きを注視することが重要との考えを示した。
政策金利の引上げ
ラガルド総裁は、ECBが堅調なペースで顕著な利上げを行う方針を維持し、中期的な物価目標のタイムリーな達成を確実なものとするのに十分に引締め的な水準に政策金利を維持する考えを確認した。また、こうした金融引締めは、総需要の抑制とインフレ期待の上昇の防止の双方から有効との理解を示した。
その上で、今回(2月)は50bpの利上げを行うことを決定したほか、今後も利上げを続ける考えを示すとともに、次回(3月)も50bpの利上げを行った上で、その後の利上げを検討することを予告した。また、ラガルド総裁は、今回の政策決定は前回(12月)決定した方針に対して、①50bpを新たな定常状態と位置付ける点で連続性を有するほか、②2月と3月に50bpの利上げを繰り返す点で整合性を有すると説明した。
質疑では、複数の記者が次回(3月)以降の利上げの継続の可能性を含めて政策金利の最高到達点を質したほか、物価上昇圧力の減退や利上げに伴う住宅市場等への影響を挙げて、 ECBが利下げに転ずる可能性を質した。
これに対し、ラガルド総裁は最高到達点に関する具体的な回答を避けた一方、エネルギー価格は減速したが、基調的な物価上昇圧力は強いとの見方を確認し、政策金利を十分に引締め的な水準に維持することの重要性を強調した。また、銀行における貸出金利の上昇や貸出の減速は、金融引締めの効果が適切に波及している証拠との理解を示した。
このほか別の記者からは、ラガルド総裁が冒頭説明で、政策金利は各会合で経済指標に即して運営する方針にも言及したため、上記のような次回の利上げ予告との整合性を問う質問が示されたほか、前回(12月)の議事要旨が75bpの利上げを主張する意見が強かったことを示唆した点を踏まえて、50bpの利上げを3回連続することは妥協の産物ではないかとの指摘もなされた。
ラガルド総裁は、経済指標に即した運営方針の下でも、現時点では次回(3月)の利上げが正当化されるとして、整合性には問題がないと主張したほか、いかなる政策決定にも妥協はつきものである(rule of the game)との考えを示した。
量的引締めの運営
今回(2月)の政策理事会は、APPによる保有資産の削減を、3月から償還を通じて行うとともに、6月までは150億ユーロ/月のペースとし、その後の運営は後日に決定するとした。また、削減は、買入れ時の資産クラス(国債、国際機関債、社債、カバードボンド、証券化商品)や発行国のシェアに即して比例的に行うことを決めたほか、社債は、金融政策のレビューの際に決定したように、気候変動対応への寄与を考慮する方針も確認した。
つまり、前回(12月)に公表した枠組みを確認した一方、7月以降の運営方針は先送りされた訳である。前回(12月)の議事要旨が示した意見の対立が解消せず、この点でも理事会内の意見の妥協が優先されたことが推察される。
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