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FRBの金融政策報告が示唆するもの

2023/03/13

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はじめに

パウエル議長の議会証言と同時に公表された金融政策報告(MPR)には、今後の政策運営に影響を与えうる様々な論点が示されている。本稿ではそのうち二つを取り上げて検討する。

労働供給の展望

米国では、総じてみればインフレ率が鈍化する中で、住居費を除くコアサービスのインフレ率に軟化の兆しがみられない。この領域では賃金がコストの大きな部分を占めるだけに、賃金上昇率が鈍化しない限り、インフレ率の減速は期待できないことになる。

しかし、これまでは経済成長率の鈍化に関わらずタイトな労働需給にも大きな変化がみられないため、労働供給の動向に焦点が当たっている。今回のMPRの二つ目のBoxは、労働供給が回復しない理由についての分析を示している。

このBoxでは、まずCBOの分析を引用し、コロナ前のトレンドに比べた労働供給の乖離(350万人)が、①労働参加の減少(210万人)と②人口要因(140万人)からなるとの推計を示している。

このうち②は、さらに1)Covid-19による超過死亡者(50万人)と2)移民の減少(90万人)に分けられるとしているが、1)には今後の回復が見込まれるほか、2)も政治環境に影響される面はあるが回復しつつある。このため、問題の焦点は①となる。

その上でBoxは、雇用統計(CPS)の個票をもとに、労働参加の減少が、Covid-19の流行当初は(学校等の閉鎖に伴う)子弟の養育やCovid-19の感染等の要因にも影響されたが、足元では自主的退職による面が支配的であるとの興味深い推論を示している。しかも、その大半が65歳以上であるとしている。

その理由についてBoxは、高齢者がCovid-19の感染リスクに対する懸念が強い可能性に加えて、これらの高齢者がCovid-19に対する財政支援や株価と住宅価格の高騰によって資産を蓄積した点を挙げ、実際に退職者の多くが大学卒以上のホワイトカラー労働者である点を示唆している。

これらの分析に加えて米国でも人口の高齢化が進行している点を踏まえて、Boxは労働供給が今後も長期にわたって2020年以前の水準を回復できないとの悲観的な見方を示している。ただし、その意味合いについては留意すべき点も残る。

第一に、Boxも指摘しているように移民の流入は改善しつつあるほか、労働参加の減少はブルーカラー労働者では相対的に深刻ではない。これらの人々は飲食、宿泊、娯楽といった職種に多く就労する以上、これらの業種での労働需給の緩和が期待される。実際、今回のMPRが示すように、足元で賃金上昇率が相対的に高いのはまさにこれらの業種であるだけに、全体としての賃金上昇圧力の抑制も期待できる。

第二に、FOMCの議事要旨やBeige bookで指摘されているように、上記の業種の経営者には人手不足を解消するため、接客領域のIT化を進める動きがみられる。逆に、生産性が向上しなければ、人手確保のための賃金引上げはいずれ限界に達する。従って、これらの業種でも労働需要の増加に歯止めがかかることで、労働需給のタイトさが緩和する可能性も存在する。

もちろん、労働需給の変化とそれに伴う賃金上昇の減速には一定の時間を要するだけに、FRBが政策運営に取り込むことには難しい面がある。それでも、過度な金融引締めを避ける上では、労働市場に関するフォワードルッキングな視点が重要となりうる。

政策金利の運営

今回のMPRの五つ目のBoxは、いつものように政策金利の運営に関する多様なルールを説明しつつ、それらに基づく政策金利の推計値と実際の政策金利の双方の推移を示している。

当然予想されることだが、Covid-19による経済への影響が深刻だった2020年には、Adjusted Taylor Rule(内容は後述)を除く全てのルールが大幅なマイナス金利政策の採用を示唆した。その後は主としてインフレ率の加速とともに、全てのルールは大幅な利上げを示唆している。

これに対しFRBは、2020年にもマイナス金利政策を採用しなかった一方、その後の迅速な利上げに関わらず、足元の政策金利は、First-difference Rule(失業率の長期水準からの乖離について加速度を考慮するもの)を除く全てのルールが示唆する水準を下回っている。

2020年の政策金利が名目ゼロ制約に直面したのであれば、 Adjusted Taylor Ruleが示すように、その後の利上げ局面では利上げペースを意図的に遅らせるべきことになる。この点は、足元の実際の政策金利が多くのルールが示唆する水準を下回っていることと整合的である。

その上で、政策金利の運営ルールを考え直すと、第一に政策手段の変化に対する考慮の必要性が挙げられる。

Boxがカバーするルールは短期(O/N)の政策金利のみを政策手段と位置付けている。しかし、FRBは日銀ほど明示的ではないが、量的緩和と量的引締めの双方で長期金利の水準も意識しているはずである。また、短期の政策金利の水準が同じでも、長期金利の水準が異なれば、経済に与える影響は異なるはずである。

現在のように、FRBが利上げの継続を強調しても、金融市場がその後の利下げを意識する状況では、利上げの効果は減殺される可能性がある。これらの点からみて、政策金利の運営ルールはイールドカーブの形状を考慮に入れることが考えられる。 第二に政策のバイアスに対する考慮の必要性が挙げられる。

実は、2020年以前の政策金利は、多くの運営ルールが示唆する水準よりも低位に推移する傾向が強かった。代表的な理由としては、低インフレが続く下でインフレ期待をアンカーさせるための「高圧経済」の考え方がある。こうしたバイアスが維持される間は政策運営ルールの係数を調整する必要がある。

また、高インフレに対して足元でバイアスを変えたのであれば、その点も係数に反映しないと、Adjusted Taylor Ruleが示唆するように過去の乖離を補償する政策運営を導くことになる。

これらの問題に対応するとシンプルさという長所が失われるという意味で、政策金利の運営ルールの意義は低下している。それでも、FRBによる過度に裁量的な政策運営がむしろ景気循環の主因であるという根強い批判にどう対応するかは、引続き大きな課題となっている。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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