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ECBのラガルド総裁の記者会見- Crisis? What crisis?

2023/03/17

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はじめに

ECBは今回(3月)の理事会で50bpの利上げを決定した。これは前回(2月)会合での予告通りであったが、米欧の双方で一部の金融機関に信用不安が生じたこともあって、質疑では利上げに伴う金融システムへの影響が焦点となった。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、ユーロ圏経済が昨年第4四半期に景気後退に陥らなかった点を確認した。その後は、企業は供給制約の緩和の下で受注残の解消に努めており、家計もエネルギー価格の抑制と労働市場の堅調さに支えられているとの見方を示した。

執行部による新たな実質GDP成長率見通しは、2023~25年にかけて+1.0%→+1.6%→+1.6%となり、2023年はエネルギー価格の下落等により0.5pp上方修正されたが、2024~25年は金融引締めの効果を主因に各々0.3ppと0.2pp下方修正された。ただし、この見通しは足元での信用不安の影響は考慮していない。

ラガルド総裁は、先行きのリスクは依然として下方に傾いているとの認識を示し、金融市場の不安定化による金融環境のタイト化、ウクライナ戦争によるマインドの悪化、海外経済の減速などを要因として指摘した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、ユーロ圏の高インフレが長期化している点に改めて懸念を示し、エネルギー価格の下落に関わらず、食品価格の上昇率は加速したほか、コスト転嫁が進む工業製品や賃金上昇の影響を受けるサービスでインフレ圧力が強い点を確認した。

また、労働市場のタイトさや生活費上昇の補償のため賃金上昇が加速しているほか、供給制約と需要の回復を背景に企業がマージン引上げに動いているとの理解を示した。もっとも、中長期のインフレ期待は総じて2%前後にアンカーされているとした。

執行部による新たなHICPインフレ率見通しは、2023~25年にかけて+5.3%→+2.9%→+2.1%となり、エネルギー価格の下落等を主因に各々1.0pp、0.5pp、0.2pp下方修正された。しかし、2023年のHICPコアインフレ率の見通しは+4.6%と0.4pp上方修正され、足元でのインフレ圧力の広がりを示唆している。

ラガルド総裁は、短期を中心とする上方リスクの要因として、インフレ期待の上昇、賃金やマージンの上昇、中国経済の回復を挙げた一方、下方リスクとしては、金融市場の不安定化やエネルギー価格の下落、金融引締めの効果等を挙げた。

質疑では企業によるマージン引上げが取り上げられ、ラガルド総裁は、コスト上昇は関係者間で適切に分担されることが望ましいとの理解を示しつつ、マージンの動向によるインフレの二次的効果の有無を注視していると説明した。

政策判断

ECBは前回(2月)の理事会で予告した通り、50bpの利上げを決定した。もっとも、先行きに関するフォワードガイダンスは削除され、今後はインフレ見通しに依存する方針を示した。その際に特に注目する要素として、経済と金融のデータ、基調インフレの動向、政策の波及効果の3点を新たに明記した。

質疑では今後の利上げが取り上げられ、ラガルド総裁は今回の見通しが正しければ、物価目標の達成のために更なる利上げが必要(more ground to cover)との考えを確認した。ただし、そのペースは、上記のように経済や金融のデータ等に依存すると説明した。

また、新たに明記された政策の波及については、企業や家計に対する銀行貸出の金利等の面で初期段階の波及が実現しつつあるが、景気や物価に全体的な効果を及ぼすにはなお時間を要するとの考えを確認した。このため、一部の記者は、時間的ラグを勘案しつつ波及効果を評価するためには、ECBが今後は利上げペースを鈍化させるべきと主張した。

一方、ラガルド総裁は、今回(3月)の理事会では50bpの利上げ以外の選択肢は明示的に検討していないと説明したほか、今月初から開始されたAPPによる保有資産の削減についても、今後のペースに関する議論はなかったと説明した。

信用不安と政策運営

米欧の一部の金融機関による信用不安を受けて、今回の声明文はは、ECBが事態を注視しており、物価と金融の安定に必要な措置を講ずる用意がある点が明記されている。

その上で、ラガルド総裁やデギンドス副総裁は、質疑の中で、ユーロ圏の金融機関が自己資本や流動性の面で頑健であり、エクスポージャーの集中もみられない点を再三強調した。

これに対し複数の記者は、50bpの利上げが金融安定を損なうリスクを含めて、ECBの政策は物価安定と金融安定のトレードオフに直面しているとの懸念を示すとともに、利上げペースの減速の必要性を示唆した。

ラガルド総裁は、ユーロ圏の金融経済に対する不透明性が一層高まったことは事実であり、先に見たように、今回の執行部見通しは、データや分析のcut off date(3月初)との関係で足元の信用不安の影響を考慮できていない点を認めた。

もっとも、ラガルド総裁は、ユーロ圏の金融システムは世界金融危機当時に比べて厳格な規制によって強化されており、現時点では危機的な状況にないとの理解を強調した。

その上で、物価安定のためには政策金利の引上げを行う一方、金融安定のために必要な場合には流動性を供給するとして、異なる政策手段によって各々の目標を達成できるだけに、トレードオフはそもそも存在しないとの理解を強調した。

また、ラガルド総裁は、金融安定のための様々な手段はコロナ期に発動の経験を踏み、効果も確認されていると説明したほか、現時点でユーロ圏の金融機関は潤沢な流動性を保有しているとして、FRBが今回導入したような特別な資金供給ファシリティはユーロ圏では不要との見方を示した。

このほか、先に見たようにECBが特に注目する要素として新たに掲げた金融のデータについては、銀行の家計や企業に対する与信条件を含む金融環境のタイトさに関する指標を想定していると説明し、金融システムの状況を含めて不確実性の高い現在の状況では、データ依存の政策運営が有用との理解を確認した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニア研究員

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