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ECBの3月理事会のAccounts-Separation principle

2023/04/23

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はじめに

50bpの利上げを決定した前回(3月)の理事会では、米国の銀行破綻の影響を注視する必要性が指摘された一方、景気の好転に加え、賃金や価格の設定行動の変化が物価上昇圧力を長期化することへの懸念が共有された。

経済情勢の判断

レーン理事は、足元の経済活動が、エネルギー価格の下落や供給制約の改善、家計や企業のマインド改善、金融引締めの効果の波及による影響を受けていると説明した。

このうち消費は、昨年第4四半期に既往の実質購買力の毀損等により減少したが、今後の支出増加に期待を示した。一方、企業の生産はエネルギーや中間財の減少を非耐久財や資本財の増加が補っている一方、設備投資に減速の兆しがあると指摘した。また、労働市場は失業率や未充足求人、労働参加率等の幅広い指標が底堅さを示していると説明した。

執行部による2023年の経済成長率見通しは上方修正されたが、その後は金融引締めと財政刺激の減退を主因に下方修正された。先行きのリスクも、金融環境のタイト化、ウクライナ戦争の激化、海外経済の減速等を理由に下方に傾いていると評価した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)合意した。その上で、経済成長率見通しには、累次の利上げの影響や供給側の要因による与信縮小のリスクが反映されていない可能性が指摘された一方、景気回復の下で後者の蓋然性には疑問も示された。

労働市場に関しても、雇用の拡大は需要の回復による面が大きいとして持続性に疑問が示された一方、貯蓄や財政の支援もあって家計の底堅さは継続しうるとの意見や、労働市場のミスマッチは金融政策では改善しがたいとの指摘も見られた。

物価情勢の判断

レーン理事は、総合インフレ率は減速したが、コスト上昇の波及と賃金上昇による価格上昇圧力は引続き強いと整理した。

このうち、物価の基調には、①サーベイ調査の結果は2023年と2024年以降で明確に断絶している、②エネルギー価格の影響の大きな領域とそれ以外で明確に異なる、③賃金の影響の大きい領域の寄与が拡大している等の特徴を挙げた。

この間、賃金上昇圧力は、労働市場の強さや家計による実質購買力の回復を求める動きによって高まっているほか、企業も、供給制約と需要の底堅さの下で、価格引上げによるマージン回復が可能な状況にあると説明した。

一方で、市場ベースのインフレ期待は、米国の銀行破綻後にやや低下したほか、サーベイベースのインフレ期待も、中期的に2%目標へ収斂するとの見方が拡大したと説明した。

執行部による総合インフレ率の見通しは、エネルギー価格の下落や金融引締め、財政刺激の縮小を理由に全期間にわたり下方修正された。これに対し、2023年のコアインフレ率の見通しは、コスト上昇の波及と既往のユーロ安を理由に上方修正されたが、その後はこれらの減衰と金融引締めの効果によって下方修正された。

その上で、先行きのリスクは上方に傾いていると評価し、インフレ期待の上振れ、賃金や価格の想定以上の上昇、中国のゼロコロナ政策の停止による予想以上の景気拡大等の上方要因と、金融環境の深刻なタイト化、エネルギー価格下落の強力な波及、金融引締めによる想定以上の需要減退といった下方要因を挙げた。

理事会メンバーは、直近(2月)のインフレ率が高止まった点を挙げ、執行部見通しが過度に楽観的との懸念が示された一方、 8回連続での見通しの上方修正を経て、ようやく下方修正となった点に安堵も示された。

その上で、今後はエネルギー価格の重要性が低下する一方、賃金動向の影響が重要との指摘がなされたほか、賃金上昇圧力が強まり、企業のマージン回復が可能とのレーン理事の見方に合意した。もっとも、前者には国別のばらつきや実質賃金との関係、後者にはコスト上昇の企業と家計での分担のあり方や企業の輸出競争力への影響等の論点も取り上げられた。

また、多くの(a number of)のメンバーはリスクが上方に傾いているとし、数名(some)のメンバーは、執行部の見通しが需要の小さな減退によって物価安定が可能との印象を与えた点に懸念を示した。さらに、景気見通しを楽観視する以上、物価の上方リスクは拡大したとして、賃金上昇による二次的効果、雇用ギャップの好転、拡張的な財政運営などを要素として挙げた。

金融政策の運営

レーン理事は、インフレ率が2%目標を超える状態が長期化している点を踏まえて50bpの利上げを実施し、今後の政策運営が、経済や金融のデータを踏まえた物価見通し、基調的物価の動向、金融政策の効果の波及に基づく点を明示すべきとした。

大多数(very large majority)のメンバーはこれを支持し、不透明性の高い下での政策決定であるが、事前表明に沿った利上げが政策への信認と不透明性の抑制に有用との見方を示した。これに対し、数名(some)のメンバーは、金融市場の不安定性が改善されるまで利上げを停止し、次回(5月)会合で政策運営方針を再検討すべきと主張した。

金融環境については、利上げの継続によって貸出金利が上昇したほか、米国の銀行破綻後は債券市場等でリスクプレミアムが拡大した点を確認した。もっとも、金融政策は金融安定リスクと切り離して評価すべきとの「分離原則」が示されたほか、金融引締めの効果も、過去の教訓を踏まえて過大評価のリスクが指摘された一方、今回の効果はまだ完全に実現していないとの慎重な意見も示された。

その上で、長期的にみれば、金融安定の維持は金融政策の波及に寄与する点で、物価安定と金融安定は補完的であり、トレードオフは存在しないとの見方が示された。

今後の政策運営については、不透明性の高い下でのデータ依存の重要性とともに、景気や物価の見通しに即した利上げの継続の必要性が共有された。また、レーン理事が提案したように、政策運営上で重視する要素を明記することの意義にも同意した。

ただし、今後の利上げを無条件に予告することは停止すべきとの意見と、予告の停止は利上げ終了との誤解を招くとの意見の双方が示され、結果的には、足元での金融市場の不安定性が生じなければ利上げの継続を予想するとの表現が提案された。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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