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FDIC報告書によるCBDCへの示唆

2023/05/03

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はじめに

FDICは、最近の銀行破綻における大口預金の影響を踏まえて、預金保険のカバレッジの見直し案に関する報告書を5/1日に公表した。しかし、そこで提示された事実や対応の選択肢は、報告書の本来の趣旨を超えて、主要国におけるCBDCのあり方に対しても、いくつか興味深い示唆を有している。

預金の全額保護

報告書は、預金保険のカバレッジの見直しに関して、①部分保護の下で強化(上限額引上げ)、②全額保護に移行、③保護対象の選択的な強化の3つの選択肢を提示した上で、③が相対的に望ましいとの結論を提示している(理由や内容は後述)。その意味で、①や②はいわば「帰無仮説」と位置付けられ、相応のメリットはあるがコストやリスクが相対的に大きいと整理している。

このうち、②の全額保護のメリットとコストやリスクは改めて言うまでもないが、Bank Runのリスクをほぼ皆無にしうる一方、預金者による銀行の監視を低下させ、経営者による過度なリスクテイクを招来することで金融安定を却って損なう恐れがあるほか、預金保険の負担も結果的に大きくなりうる。また、報告書は、元本価値の安全な投資手段が出現することで、他の金融資産の価格や需要に影響する可能性も挙げている。

一部の政治家が標榜しているとは言え、米国内で預金の全額保護が実現するとは考えにくいし、仮にCBDCがあれば、同じ目的はその無制限の利用によってより効率的に実現しうる。一方で、日本を含む主要国では金融危機の際には預金の全額保護を実施したことをどう考えるかという論点もある。

CBDCの文脈では、文字通りのDigital Bank Runを防ぐために、CBDCの保有残高に制限を課すといった選択肢が提案されている。そこで、金融危機に伴って銀行預金にも全額保護が導入された場合、預金者がどう行動するかは興味深い問題となる。CBDCも保護された預金も国家の信用に裏付けされる点で同質と考えることもできる一方、仮に預金保険の財源や政府の財政支援に不確実性が意識されれば、CBDCが選好される可能性も生じうる。

預金者による銀行の監視

金融論の教科書には、資金の出し手が資金の借り手の行動を直接監視することは、コストや専門性の観点から難しいため、銀行が預金者の代理人として借り手を監視することに合理性や効率性があるという考えが示されている(delegated monitor)。

一方で、報告書が上記の①~③の選択肢を比較する際に度々持ち出している論点は、預金者が銀行のリスクテイクを監視し、不適切であれば預金を他の銀行等にシフトさせることで、銀行に行動変容を促すことである。

SVBの例でも、預金の小規模だが継続的な流出は2022年から生じており、その意味では預金者による監視は機能していたと言える。もっとも、それが銀行によるリスクテイクの変化に繋がらなかった点では効果に乏しかったことも事実である。

しかし、預金者による銀行の監視のより重要な課題は、報告書も認めるように、銀行が具体的にどのようなリスクテイクを行っているかを的確かつタイムリーに把握することは、コストや専門性の点で決して容易ではないことにある。この点は、前回の「ノート」で検討したように、法的な強制力を有する監督当局ですら困難に陥るケースがある点が示す通りであり、特に家計や中小企業のような預金者には事実上不可能と言っても良い。

報告書は、この問題に対して、(①~③の選択肢に関わらず)株主ないし大口債権者(銀行社債の保有者)による監視ないしガバナンスを活用すべきという標準的な考え方を提示している。しかし、SVBのケースでは(預金保険の対象外という意味で)大口債権者と同様な地位にある大口預金者による急速な資金の引出しが破綻の直接的な原因になった。つまり、こうした能力の高い預金者であっても、監視機能を発揮できるのは銀行が危機に陥った後であるという現実も確認された。

結局のところ、報告書も認めるように、銀行のリスクテイクを監視し是正するには規制や監督の機能が不可欠であり、ex anteの意味で預金者に監視の機能を求めることは困難である。逆に、有効な監視ができない預金者をどのような仕組みで保護することが良いのかという点が、金融安定との関係で見たCBDCの意義に影響することになる。

保護対象の選択的強化

先にみたように、本報告書は預金保険の保護対象を選択的に強化する選択肢(上記の③)を推奨している。具体的には、個人の預金に対する保護の上限は25万ドルに据え置いた上で、企業が決済目的で使用する預金について、保護の上限額を大幅に引き上げるべきとしている。

その理由も言うまでもなく、企業の経済活動に不可欠かつ代替手段が乏しいほか、預金の損失や入出金の停止は広範な経済活動に深刻な影響を及ぼすからである。また、米国では企業が複数の銀行に決済用預金を分散させることで、預金保険の上限額を実質的に引き上げることは困難との事実も指摘している。

この選択肢の大きな課題は保護対象とする預金の定義である。報告書は、納税者番号(TIN)や雇用者番号(EIN)によって法人格を識別するほか、決済目的である点を要求払いかつ無利子といった条件で確認することを提唱している。

しかし、銀行は、1)預金金利はゼロでも「ポイント」等を付与しうる、2)預金金利はゼロでも貸出金利を優遇しうる、3)投資用預金との間でsweep等のサービスを提供しうる、といった点で要求払預金の範囲は最早単純ではなく、結果として保護対象が想定以上に拡大しうる点も認めている。

一方、主要国で調査や開発が進むCBDCでは、最大でも企業や個人による決済用預金までを代替し、銀行による金融仲介を維持する観点から、投資用預金への影響を抑制することが求められている。そこで、企業によるCBDCの保有に関して具体的な手段を考える上では、預金保険の保護対象とする預金の定義に関する上記の課題がそのまま該当する。

さらに、日本のように、預金に占める要求払預金のウエイトが相対的に高いとか、中小企業でも複数の銀行に決済用預金を保有し使用することが一般的であるといった金融構造の下では、報告書が提起した線引きをCBDCに当てはめた場合、銀行の資金調達により大きな影響が及ぶ恐れもある。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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