ECBのラガルド総裁の記者会見-More ground to cover
はじめに
ECBは今回(5月)の政策理事会で利上げペースを減速し、25bpとすることを決定した。しかし、ラガルド総裁は、物価目標の迅速な達成には更なる利上げが必要との考えを強調したほか、声明文も政策金利を高水準に維持する必要性を明記した。
経済情勢の判断
ラガルド総裁は、ユーロ圏経済には、①エネルギー価格の下落や供給制約の緩和、域内国政府の財政支出といった好材料と、②企業や家計のマインドの回復の鈍さや海外経済の不透明性といった悪材料の双方があると説明した。また、実質所得の回復や感染抑制策の終了によって消費は回復しているが、労働時間の回復が昨年央から停滞している点を指摘した。
先行きについても、金融環境のタイト化やウクライナ戦争といった下方リスク要因と、供給制約の緩和や労働市場の底堅さといった上方リスク要因の双方を指摘した。
物価情勢の判断
ラガルド総裁は、インフレ見通しが長期に亘って高止まっている点を確認しつつ、足元のデータは前回(3月)の見通しと整合的との評価を示した。内容別には、エネルギー価格が減速し、工業製品の価格も減速しつつあるが、食品価格の上昇率はなお高く、サービス価格も賃金上昇を映じて加速している点を確認した。
先行きについても、上方リスクが引続き顕著と評価し、既往のコスト上昇の波及、ウクライナ戦争によるエネルギーや食品の価格への影響、賃金や企業のマージンの想定以上の増加等を要因として挙げた。一方で、金融環境のタイト化や金融引締めの波及等による総需要の減少を下方リスク要因として挙げた。
会見では、ラガルド総裁は、①コアインフレ率は分かりやすい指標だが、インフレの基調を判断する上では(刈込平均など)より多様な指標を検討すべき、②総合インフレ率には減速の兆しがあるが、賃金上昇等を踏まえるとインフレの最悪期を脱したかどうかは不透明、といった点を説明した。
金融環境の評価
ラガルド総裁は、米国の銀行破綻の影響を念頭に、欧州の銀行システムが健全かつ頑健である点を確認した。一方、金融引締めの効果が企業や家計向けの貸出金利の上昇として波及しているほか、BLSが与信姿勢のタイト化を示唆している点も指摘した。
会見では、当然ながら、米国のストレスがユーロ圏に波及する可能性が取り上げられた。
デギンドス副総裁(金融安定担当)は、①破綻した銀行は中小規模かつ特異なビジネスモデルを展開し、金利リスク管理に問題を有した点でユーロ圏に類例がない、②ユーロ圏の銀行は(預貸中心のビジネスであり)利上げによって利ザヤは改善する、といった点を挙げて否定的な見方を示した。
もっとも、Digital bankingやSNSによって預金が急速にシフトするリスクはユーロ圏にも存在するとして、過度な楽観を牽制した。また、銀行システムの頑健性を判断する上では、株価や銀行債のスプレッドなど、多様な指標を考慮する必要があると説明した。
なお、ラガルド総裁はスイスで生じた問題に関しては、当局の迅速な対応を評価したほか、他には選択肢がなかったとの理解を示しつつ、ステイクホルダーの扱いに教訓を残したとの感想を述べた。
政策金利の運営
今回(5月)政策理事会は25bpの利上げを決定した。ラガルド総裁は、金融引締めの効果が波及しつつあるが、時間的ラグや強さに不確実性が残るとした。その上で、物価目標の迅速な達成に十分な引き締めに達するには更なる利上げが必要であるほか、(その後も)政策金利を必要な限り高水準に維持する方針を明示した。
会見では利上げ幅を減速した理由が取り上げられた。ラガルド総裁は、インフレ見通しが高止まっている一方、金融引締めの効果が波及し始めた点を指摘した。また、理事会メンバーには50bpの利上げを支持する意見もあったが、大多数は25bpの利上げを支持したと説明した。
また、複数の記者が今後の方針を質したのに対し、ラガルド総裁は、理事会メンバーが、①今回も利上げが必要、②利上げの打ち止めは不適切、③更なる利上げが必要(more ground to cover)の3点に合意したと説明したほか、③については声明文の表現(future decisions)に言及しつつ、複数回の利上げが必要との考えも示唆した。
また、ラガルド総裁は、今後の政策金利の運営を、1)金融経済のデータを考慮したインフレ見通し、2)基調的インフレの動向、3)金融政策の波及の強度の3つに基づいて行う点で「データ依存」とする方針を確認した。併せて、政策金利の最高到達点については特定の数字はない(no magic number)と説明し、実際に到達してみて結果的に判明するとの考えも確認した。
保有資産の運営
今回(5月)の声明文には、APPによる保有資産の削減(QT)について、6月までは150億ユーロ/月を上限とし、償還額がこれを超える場合は再投資によって調整する方針を維持するが、7月以降は上限額を撤廃する(再投資を中止する)見込みであることも明記されている。ただし、本件は決定でなく予告である。
ラガルド総裁は、記者の質問に答える形で、再投資はQTを円滑に開始する上で有効であったと評価しつつ、ECBの資産規模が過大であることにも対応する必要があるとした。もっとも、償還だけでは平均250億ユーロ/月の減少ペースに過ぎず、APPの保有資産が解消するには10年以上を要するとの見方も示した。
また、ラガルド総裁はQTが利上げと相互補完的な効果を持つ点を認めつつ、利上げを25bpに減速するためにQTの強化で妥協を図った訳ではないと説明した。
別の複数の記者は、TLTRO IIIの大規模な期前返済の下でのQTの加速が過度な引締めに繋がる恐れを指摘した。ラガルド総裁は、QTによる引締め効果は大きくなく、TLTRO IIIの期前返済の規模も想定内と説明した。また、PEPPの再投資は2024年末まで継続する方針であり、必要な場合にはその再投資の柔軟性を活用しうると指摘した。
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