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利上げによる銀行への影響- ECB のFSRの議論

2023/06/03

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はじめに

ECBの今回(5月)の金融安定報告(FSR)には、ECBによる急速かつ大幅な政策金利の引上げによる銀行への影響について、興味深い分析がみられる。本コラムはこのうち主な論点を検討する。

利鞘の拡大

政策金利の上昇が銀行の利鞘を拡大させる方向に作用することは、今回のユーロ圏の動向に限らず一般的な現象である。

その主たるメカニズムは、①(特に利上げの初期段階では)イールドカーブがスティープ化するため、短期調達・長期運用の銀行に有利に働く、②貸出金利は預金金利より政策金利への感応度が高いため、前者が先行して上昇する、というものである。ちなみに、日本で逆方向のメカニズムが働いたことは言うまでもない。

現在のユーロ圏では①の効果は明確でないが、今回のFSR(3章)は、②の効果が作用した点を示している。なかでも興味深いのは、家計も企業も流動性預金の保有比率を構造的に上昇させていた(BOX4)下で、銀行が流動性預金の金利を低位に維持した点(図3.3)が、利鞘の拡大に顕著に寄与した点である。

流動性預金の保有増加は、FSRも指摘するように低金利環境が長期にわたって続いたことの効果とみられ、日本でも同様な特徴が定着している。一方、銀行が、個人や法人に対する定期性預金の金利は相応に引き上げた一方で、流動性預金の金利を低位に維持した点には、FSRは明確な説明を付与していないが、既往の収益性の低下を取り戻す意図が推測される。

もちろん、ECBが政策金利を高めに維持しても、利鞘の好環境が続く保証はない。高水準の社債償還が展望される(図3.4)ことに加え、個人や法人が金利面で有利な定期性預金の保有を徐々に増やす点でも、FSRが推測するように、銀行は預金獲得のために預金金利の引き上げにより注力せざるを得ないとみられる。

流動性リスクの管理

米国での一連の銀行破綻は、主要国の銀行システムであっても流動性リスクの管理が問題を生じうる点を示唆した。

この点について、今回(5月)のFSRは、ユーロ圏の銀行は全体として頑健性の高い資金調達構造を有し、かつ十分なHQLAのバッファーを有すると結論づけた(図3.2)。個人的には、ユーロ圏や英国の銀行ですら、預貸率が100%を明確に下回る状態になった点が印象的だったが、総じてFSRの主張を裏付ける内容である。

もっとも、いくつか検討すべき点も残る。

第一に、ユーロ圏の銀行の資金調達の約7割が預金であり、その7割が個人と企業の預金である点を資金調達の安定性の証拠として示している。しかし、米国の一連の銀行破綻が明らかにしたのは、個人や法人の預金でも、条件さえ整えば急速な流出を生じうる点である。

この点を議論すると、現在の流動性比率規制における「分母」の扱いに波及する点で荷の重い問題になりうるが、例えば、大口預金やクロスボーダー預金の比率等も勘案した上で現状を評価すべきである。一方で、詳細な議論は、域内の特定国の問題を顕在化させる可能性もある点でも取扱いの難しい問題である。

第二に、ユーロ圏の銀行が高水準のHQLAを保有していることは事実としても、大半がESCBの当座預金である点である。実際、 TLTRO IIIの償還やAPPによる保有資産の削減(QT)によって、ユーロ圏の銀行が保有するHQLAは足元で減少に転じており、流動性比率(LCRとNSFR)は明確に低下している。

もちろん、時系列の存在するLCRは、足元でもコロナ前を大きく上回っており、ECBによるQTが7月以降に加速しても、当面は十分な水準を維持すると期待できる。しかし、金融政策の運営がユーロ圏の銀行のシステミックリスクに影響を与えることは、金融政策と金融安定策の双方の運営を複雑化するリスクがあるだけでなく、ECBが予て主張する「分離原則」(双方の政策には別の手段を適用)にも反する。

ユーロ圏の銀行からみれば、今後にQTの進展に対してHQLAを相応の水準に維持するためには、国債の保有を増やすことが選択肢となる。従来より利回りの高い国債の保有を増やすことは、利鞘の改善に繋がる面もあろうが、域内国の財政が既往のコロナ対策や物価の高騰(公務員給与や年金支払の増加)によって悪化方向にある点では、流動性リスクの代わりにソブリンリスクを増やすという悩ましい状況に至る恐れもある。

不動産与信の問題

ECBの急速かつ大幅な利上げに伴う金融環境のタイト化は、ユーロ圏の銀行の不良債権を増やす恐れがある。

今回(5月)のFSRも、経済活動の鈍化とともに企業向けや家計(消費者ローン)向けを中心に不良債権が増加する可能性を示している。もっとも、米国で焦点となった商業不動産貸出については、不良債権比率の上昇は見られず、かつ低LTV案件のシェアが漸増した点を踏まえて、リスクは抑制されているとしている。

ただし、銀行以外の金融仲介部門(NBFS:投資ファンド、保険会社、年金基金等を含む幅広いカテゴリー)の動向を論じた4章の議論は、やや異なる意味合いを示している。特に投資ファンドは2020年以降にむしろ不動産投資を増加させている。

今回(5月)のFSRの冒頭(overview)が確認しているように、ユーロ圏でも、景気鈍化や労働環境の変化等によって商業用不動産の価格は急落している。投資ファンドの資金規模に占める不動産投資は1割以下であるとしても、価格の調整が進んだ場合には影響が生じうる。

そうした事態が生じた場合の最大のリスクは、投資家による償還要求に応じるために、投資ファンドが他の金融資産を換金売りすることで、不動産市場の問題が広範な資産価格へ波及するリスクである。FSRもこの点を意識し、第5章や補論の第1章で課題や対応を検討している。

その上で、銀行にとって投資ファンドが社債保有者として相応の位置を占める(図4.2)ことも、FSRが指摘するように厄介な問題となりうる。つまり、投資ファンドが不安定化すると、銀行の資金調達にも影響しうる訳である。この問題に対応する上では、例えば、危機の際に銀行社債の買入れを行うべきかどうかというECBにとって積年の課題を再検討する必要も生じうる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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