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ECBのラガルド総裁の記者会見-More ground to cover

2023/06/16

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はじめに

ECBは今回(6月)の理事会で25bpの利上げの継続を決定した。同時に公表した執行部見通しは、足元のコアインフレ率見通しを上方修正したほか、ラガルド総裁は、物価が見通し通りに推移した場合は次回(7月)も利上げを継続する方針を明言した。

経済情勢の判断

ラガルド総裁は、ユーロ圏経済が消費を中心に停滞しているものの、本年後半には実質購買力の回復や供給制約の緩和によって回復に向かうとの見方を示した。

この間、外需の停滞や金融環境のタイト化によって財の生産は弱いが、サービスは引続き底堅いと指摘した。また、労働市場では、雇用が力強く拡大する下で失業率が歴史的低水準に低下したほか、総労働時間もコロナ前より低いが改善していると説明した。

執行部による実質GDP成長率の新たな見通しは、2023~25年にかけて+0.9%→+1.5%→+1.6%となった。前回(3月)に比べて2023~24年が各々0.1ppの下方修正となっただけで、全体として概ね不変に維持された。

その上で、ラガルド総裁は、経済の先行きの不透明性が高いとの見方を維持し、下方リスクの要因として、ウクライナ戦争や東西対立、金融引締めや金融市場の不安定化、海外景気の減速等の影響を挙げた。一方、上方リスクとして労働市場の強さを指摘した。

物価情勢の判断

ラガルド総裁は、インフレ率が減速しているがなお高く、そうした状態が長期化している点に懸念を示した。

このうち、エネルギー価格は前年比マイナスに転じ、食品価格も減速したが、5月時点で前年比12%を超えている点を確認した。また、コアインフレ率やサービス価格も減速したが、いずれもなお5%台にある点を指摘した。

その上で、物価上昇の要因として、既往のエネルギー価格上昇の波及、経済活動の再開に加え、賃金上昇の影響が強まったとの理解を示し、契約賃金の上昇率が4%を超えている点に言及した。もっとも、長期のインフレ期待は概ね安定していると評価した。

執行部によるHICPインフレ率の新たな見通しは、2023~25年にかけて+5.4%→+3.0%→+2.2%となった。前回(3月)に比べて2023~25年が各々0.1ppの下方修正となっただけで、全体として概ね不変に維持された。

これに対し、HICPコアインフレ率の新たな見通しは、2023~25年にかけて+5.1%→+3.0%→+2.3%となり、前回(3月)に比べて2023~25年が各々0.5pp, 0.5pp, 0.1ppの上方修正となった。 ラガルド総裁は、既往の実績が見通しを超えている点に加え、賃金上昇圧力の強さが上方修正の背景であると説明した。

ラガルド総裁は、物価の先行きも不透明性が高いとの見方を維持し、上方リスクの要因として、エネルギーや食品の価格動向、インフレ期待の上昇、想定以上の賃金または企業マージンの上昇等の影響を挙げた。一方、下方リスクとしては、金融市場の不安定化、金融引き締め等による総需要の減退などを挙げた。

質疑では、複数の記者がコアインフレ率見通しの上方修正の理由を改めて質した。ラガルド総裁は、今回の理事会では労働市場の分析に時間を費やしたと説明するとともに、ユニットレーバーコストの上昇が見通しに大きな影響を与えた点を指摘した。

これに対し別の複数の記者は、賃金上昇で物価が押し上げられている以上、二次的効果が顕在化しているとの懸念を示した。 ラガルド総裁は、企業と家計が既往のコスト上昇の影響を取り戻す動きによる面が強く、スパイラル的な状況でないと説明した。

金融政策の運営

今回(6月)の理事会は、政策金利の25bpの引上げを継続することを決定し、預金ファシリティの金利は3.5%となった。

ラガルド総裁は、インフレ率が減速している点を認めつつ、物価目標のtimelyな達成には利上げの継続が必要との理解を示した。また、既往の利上げが金融環境のタイト化、特に銀行貸出の金利やスタンスを通じて効果を発揮しているとの理解を示した一方、政策金利を十分に引締め的な水準に引き上げ、それを必要な期間に亘って維持することが必要との考えを確認した。

その上で、今後の政策金利については、①金融経済のデータに即したインフレ見通し、②インフレ基調の動向、③金融政策の波及効果の3点に関する評価に基づいて、いわゆるデータ依存の方針に即して運営することも確認した。

質疑では、複数の記者が利上げの停止の可能性や条件を質した。これに対しラガルド総裁は、物価目標のtimelyな達成には、更なる利上げが必要(more ground to cover)との考えを強調した。加えて、物価が見通し通りに推移した場合には、次回(7月)の理事会でも利上げを継続する考えを再三に亘って明言した。

一方でラガルド総裁は、利上げの停止をコアインフレ率の特定の水準や金融環境の特定のタイトさに条件づけることには否定的な考えを示し、特に前者は多様な要因に影響を受けるだけに技術的に困難との理解を示した。同様に、政策金利の中立水準は、景気や物価の反応をもとに事後的にのみ推計可能であるとの考えを示唆し、具体的な言及を避けた。

別の複数の記者は、政策効果の時間的ラグを踏まえつつ、金融政策が過度に引締め過ぎとなるリスクを質した。ラガルド総裁は、前者を正確に予測するのは困難である点を認めた上で、現時点では目標に向けたインフレ率の引下げが優先されるべきとの考えを強調した。

なお、今回(6月)の理事会では、かねてから予告されていた通り、 APPに伴う保有資産の削減について、7月下旬以降は再投資によるペース調整を行わない方針も正式に決定した。 この点については、更に別の記者が、今月末にTLTRO IIIの巨額の償還がなされることもあって、流動性の大きな縮小を通じて金融環境を一層タイト化することへの懸念も示された。

ラガルド総裁は、TLTRO IIIの償還が4400億ユーロにに達する巨額の規模になる見込みを示しつつも、銀行はこうした償還を十分に予見可能であるほか、ECBもMROなどの資金供給手段を用意しているとして大きなストレスにならないとの見方を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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