ECBのラガルド総裁の記者会見-Burdens of proof
はじめに
ECBは今回(7月) の理事会で 25bp の利上げを決定した。ラガルド総裁は既往の利上げの効果が経済や物価に現れ始めているとの評価を示した一方、次回(9月)会合において政策金利を再び引上げるか据え置くかは今後のデータ次第と説明した。
経済情勢の判断
ラガルド総裁は、ユーロ圏の経済活動が鈍化している点を認め、インフレによる実質購買力の低下、利上げによる金融環境のタイト化、外需の鈍化による製造業への影響等を要因として指摘した。
一方で、サービス業は旅行関連を中心に底堅いが、モメンタムは低下したとの慎重な見方を示した。労働市場もサービス業を中心に依然として強いとの評価を維持したが、製造業で軟化の兆しがみられると指摘した。
その上でラガルド総裁は、経済の先行きの不透明性が引続き高いとの見方を示し、下方リスクとして、ウクライナ戦争や東西対立による貿易や投資の停滞、金融引締めの効果、海外経済の減速等を挙げた。一方で、労働市場の強さや実質所得の回復を上方リスクとして付言した。
物価情勢の判断
ラガルド総裁は、インフレ率の減速を歓迎し、エネルギーを含む財価格の軟化を主因として指摘した。もっとも、旅行関連を中心にサービス価格の上昇が底打ちしたことに懸念を示したほか、今や物価上昇圧力が国内要因にシフトし、基調的インフレ率がなお高いことを確認した。
また、中長期のインフレ期待は安定しているが、引続き注視する必要があるとしたほか、財政政策は生産性上昇に寄与する内容に集中すべきとして、財政要因による物価上昇に注意を示した。
その上でラガルド総裁は、物価も先行きの不透明性が引続き高いとの見方を示し、上方リスクとして、エネルギーや食品の価格の反発、賃金や企業マージンの上昇、インフレ期待の不安定化等を挙げた。一方で、金融引締めによる総需要の減退、エネルギーや食品の価格下落の波及を下方リスクとして付言した。
質疑では賃金と物価の二次的効果のリスクが指摘されたが、 ラガルド総裁は現時点で顕在化していないと回答したほか、賃金とともに企業マージンの動きもインフレ圧力の重要な要素であるとの理解を確認した。
金融環境の評価
ラガルド総裁は、金融引締めの効果が、TLTRO IIIの償還とも相俟って銀行の資金調達コストを上昇させているとの見方を示した。その上で、直近のBLSの結果を参照しつつ、銀行が貸出金利を引き上げるとともに与信スタンスを慎重化させているが、貸出需要も企業を中心に減退していると説明した。
質疑では、BLSの結果の評価が取り上げられたが、ラガルド総裁は、銀行貸出のモメンタムの低下は貸出需要の減少による面も強く、意図した政策効果が発現しているとの評価を示した。
また、別な記者が商業用不動産市場のリスクを取り上げたのに対しては、デギンドス副総裁が、6月のFSRで取り上げたようにECBが調整状況を注視していることを確認した。もっとも、住宅市場の調整は現時点で軽微であるとして、不動産市場全体の問題ではないとの見方も示唆した。
政策金利の運営
今回(7月)の理事会は、インフレ率の減速傾向を歓迎しつつ、高インフレが既に継続し、かつ今後もインフレ目標に比べて高い水準を維持するとの見方を踏まえて、25bpの利上げを決定した。
質疑では、複数の記者が、ユーロ圏の経済活動の鈍化を踏まえて、金融引締めが過剰であるリスクを指摘した。これに対し、ラガルド総裁は基調的インフレ率がなお高い点に言及しつつ、過度な引締めとの見方を否定し、今回の25bpの利上げは全会一致で決定した点を強調した。
その上で、ラガルド総裁は、金融引締めによる金融環境のタイト化は銀行貸出を中心に明確に顕在化している一方、それらが経済や物価に与える影響も発現しつつあるが、現時点で十分とは言えないとの理解を示した。
逆に別の一部の記者は、IMFのWEOの議論を踏まえ、ECBもFRBのように高水準の政策金利を目指すべきとの考えを示した。しかし、ラガルド総裁は、米欧では財政の影響や賃金の動向、エネルギー価格といった要素に相違が大きく、同水準の政策金利は適切でないとの理解を示した。
質疑のより大きな焦点は、今後の利上げスタンスであった。
この点は、声明文の修正に注意する必要がある。前回(6月)は「理事会の将来の政策決定は、政策金利を十分に引締め的な水準に引上げる」とされたが、今回(7月)は「理事会の将来の決定は、政策金利を十分に引締め的な水準に設定する」となった。
このため、多くの記者はECBが政策金利の据え置きスタンスに移行する可能性を質した。
ラガルド総裁も、最早「more ground to coverとは言っていない」として、大幅な追加利上げは想定しないことを示唆しつつも、次回(9月)に政策金利をさらに引上げるか据え置きとするかは、今後のデータ次第との考えを強調した。
さらにラガルド総裁は、そうした判断は物価や賃金などに関する多様なdataとそれに基づく物価の見通しに即して行う方針を確認した。さらに、具体的にどんな指標が得られれば政策金利を据え置くか予告するのは不可能との考えを示し、今後の政策運営の適切さの挙証責任はデータの動き自体が負うとの考えを示した。
QTの運営
質疑の中で、ラガルド総裁は、ECBのバランスシートが、TLTRO IIIの返済とAPPに係る保有資産の再投資の停止(今月から)の双方の要因によって、より迅速に減少している点を確認した。
記者からは政策金利が転じた後のQTの運営に関する質問が示された。ラガルド総裁は、金融政策の主たる手段は政策金利の調整であり、QTとの間にトレードオフは存在しないとの考えを示した。もっとも、今回の理事会ではQTの運営に関する議論はなかったことも付言した。
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