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ラガルド総裁のJackson Holeでの講演

2023/08/27

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はじめに

ジャクソンホール会議でのラガルド総裁の講演は、コロナ後に生じた世界経済の変化が長期化する可能性を指摘した上で、中央銀行の政策運営では透明性、柔軟性、謙虚さが重要と主張した。

世界経済の変化

ラガルド総裁は、コロナ後の世界経済の主たる変化を3つの点に整理して説明した。

第一に労働市場と働き方の根本的な変化である。ラガルド総裁は、労働市場が歴史的タイトさに直面している点を確認し、コロナ後に労働供給の停滞ないし労働時間の減少を理由として挙げた。

同時に、デジタル化が労働供給と雇用機会に影響しているとしたが、既往の雇用を抑制しうる一方、新たな職種を生み出す可能性もあるとして、労働需給への意味合いは不透明であるとした。

第二にエネルギー構造の転換(transition)である。ラガルド総裁は、気候変動とともに世界のエネルギー市場を根本的に変化させていると指摘した。

なかでも、米国のシェールオイル業界やOPEC+諸国のように、原油供給の調整弁であった部門が、前者は投資の抑制、後者は生産目標の継続的未達によって、機能しなくなっているとの理解を示した。

また、エネルギー確保と気候変動対応を背景に、再生可能エネルギーのモメンタムが上昇し、EUは2030年までにエネルギー供給の40%を再生可能エネルギーにし、米国も2050年までに発電の過半を太陽光や風力に転換するとの目標にあることを説明した。

第三に地政学的な分断の深刻化と世界経済のブロック化である。ラガルド総裁は、こうした動きが保護主義の高まりと、各国によるサプライチェーンの戦略的な再構築を伴っていると指摘した。

実際、世界で貿易制限措置は10倍も増加し、戦略産業の”re-shoring”や”friend-shoring”を目指す産業政策も急増しているとした。また、貿易パターンの変化を示す証拠も多く、これらがコロナによって加速した面も強いとの見方を示した。

その上で、これらはが供給面から足元の高インフレをもたらしたと指摘した一方、初期には拡張的なマクロ政策も需要面から寄与したと説明し、これらが想定した以上に持続していると指摘した。

マクロ経済への意味合い

これらの観察を踏まえ、ラガルド議長は、マクロ経済に対する意味合いについて2つの疑問を提示した。

第一にショックの変化如何である。ラガルド総裁は、コロナ前は経済が潜在成長率に即して推移するとの想定の下で、経済変動は需要に依存すると考えてきたと整理しつつ、最早こうした理解が妥当しない可能性を示唆した。

その第一の理由として、より多くのショックが供給側から生じていると指摘し、具体例として気候変動とサプライチェーンの”re-shoring” 等の双方の影響を挙げた。

前者は、それ自体が供給ショックを招くだけでなく、企業によるエネルギー構成の変化も影響するとし、原油等の供給の価格弾力性の低下と、再生エネルギーの供給の不安定性や備蓄の課題に言及した。後者も、サプライチェーンの再構築までは貿易の分断化に繋がるとし、貿易の分断が進行した場合、世界貿易は3割も減少するとのECBの推計に言及した。

さらにラガルド総裁は、これらの課題に対するfront-loadingでの設備投資も、経済見通しを不透明にするとの見方を示し、EUはエネルギー構造の転換のため2030年まで毎年6,000億ユーロの投資が必要であるほか、世界のGX投資が2026年に倍増するとの推計に言及した。

第二の疑問はショックの波及である。ラガルド総裁は、設備投資需要が戦略物資の価格上昇圧力を高め、相対価格ショックにつながる可能性を指摘した。また、経済資源の再配分による価格上昇圧力が、賃金や価格の下方硬直性のために相殺されないリスクも示唆した。

さらに、価格と賃金の設定構造の変化が価格上昇圧力を複雑化する可能性を指摘した。つまり、強力かつ共通のショックに直面した企業が、暗黙の協調により価格を引き上げている点や、労働需給のタイト化の下で立場が好転した労働者が、インフレ率の上昇を賃金上昇で取り返している点を説明した。

ラガルド総裁も、これらが一時的である可能性も排除できないとしつつ、労働を含む供給の価格弾力性の低下や世界市場での競争の減退等の下で持続するリスクを示唆した。そして、相対価格ショックが二次的効果を通じて高インフレの持続につながるリスクへの注意が必要との考えを強調した。

構造変化の下での政策運営

ラガルド総裁は、こうした構造変化の下で政策運営の頑健性を維持するための3つの条件を提示した。

第一に政策目標の透明性と目標達成へのコミットメントである。

ラガルド総裁は、設備投資に好適な環境を維持する上では物価安定が基盤となる点を明確にすべきと主張した。また、物価が一時的に目標から乖離しても、インフレ期待の安定が重要と指摘し、インフレ目標の堅持に関する信認の重要性を確認した。

第二に経済分析における柔軟性である。

ラガルド総裁は、不透明性の高い経済環境では単純なルールや中間目標に基づく政策運営は不可能と指摘した。また、既往のデータに基づく経済モデルにのみ依存するのは不可能である一方、足元のデータにも過度に依存すべきでないとした。

その上で、政策運営には経済の複雑さに対応する枠組みが必要と主張し、ECBの3つのcriteria(物価見通し、基調的インフレの動向、政策効果の波及)が中期見通しの不透明性に対応する上で有用との考えを示した。

第三に政策運営における謙虚さである。

ラガルド総裁は、中央銀行が現時点で認識しうることや政策によって達成しうることには限界がある点を明確にすべきと主張した。さらに、中央銀行が信認を維持する上では、将来について不透明性を含む形で語ることが重要との考えを示した。実際、 ECBは、経済見通しの感応度分析を示しているほか、見通しの誤差に関する透明性を一層向上させる考えを示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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