ECBの7月理事会のAccount-Second leg of transmission
はじめに
ECBは7月理事会で25bpの利上げを決めたが、メンバーはインフレ率の減速の鈍さと景気減速の双方を懸念し、次回(9月)会合について、政策金利の引上げと据え置きの双方の選択肢を残す方針を共有した。
経済情勢の評価
理事会メンバーは、住宅投資や設備投資の減速と製造業の減産等の面で経済活動の減速を確認した。また、旅行や娯楽等は好調だが、サービス業全体のモメンタムは低下したと評価した。
製造業とサービス業の業況の違いが論点となり、後者の堅調さも旅行や娯楽等の季節性による可能性や、高水準の貯蓄やペントアップ需要も時間とともに減衰するとの慎重な見方が示された。
また、金融政策の効果のラグの違いを踏まえると、製造業とサービス業の業況の乖離は普通との理解も示された一方、総需要の減退はサービス業により影響するはずとの意見や、米国に比べて製造業の減速が大きい点が謎との指摘もあった。
この間、労働市場はサービス業を中心に力強いとの理解が共有された。また、雇用の柔軟性向上が拡大に寄与したとの指摘があった一方、景気後退期には(失業の迅速な増加等で)逆効果を生むとの懸念も示された。
一方、域内国政府にはエネルギー危機対策を迅速に収束すべきとの立場を共有した。また、欧州委員会の要請もあって2024年の歳出規模が縮小する見通しを歓迎した。もっとも、過去には財政引締めが実現しなかった点や、政策運営が総じてpro-cyclicalである点への懸念も示された。
理事会メンバーは景気の先行きが極めて不透明との見方で一致した。下方リスクは、ウクライナ戦争を含む東西対立の深刻化、金融引締め効果の想定以上の強化、世界経済の減速等、上方リスクは、労働市場や実質所得の想定以上の強さ等を各々挙げた。
物価情勢の評価
理事会メンバーは、インフレ率が前回(6月)の見通しに沿って減速している点を確認した一方、インフレ圧力が、賃金上昇や企業のマージン拡大といった国内要因にシフトしているとの理解を示した。
コアインフレ率は、域内主要国による価格抑制策の水準効果が10月には剥落する点も含め、既にピークに達したとの指摘があったほか、企業の価格引上げの頻度やシェアが顕著に低下したといった指摘もみられた。もっとも、コアインフレ率の水準自体は高いと懸念も示された。また、食品価格は、ウクライナ産穀物の輸出合意の破棄や、自然災害等のショック影響されやすいとして、インフレ率の不透明性の主因に位置付けた。
賃金は、今年は想定を上回るが、来年にかけて想定通り減速するとの見方を示した。もっとも、物価上昇の賃金上昇への波及には時間的なラグがある点や、足元の賃金交渉で実際のインフレ率がベースとなる傾向がある点に懸念を示した。
また、賃金上昇率が生産性上昇率を上回る可能性に懸念が示されたほか、前回(6月)の見通しでは、unit labor costの上昇はunit profitの圧縮で吸収されると想定したが、企業のマージンが改善している点も指摘された。これに対し、景気減速の下で企業のマージンは縮小し、labor hordingも困難化するとの反論が示された。
中長期のインフレ期待については、サーベイベースでは安定しているが、市場ベースの上昇はリスクプレミアムによる面が大きいとの理解を示した。もっとも、市場ではインフレ率の上方リスクが意識されている点も指摘された。
理事会メンバーは物価の先行きが極めて不透明との見方で一致した。上方リスクは、エネルギーや食品の価格上昇、天候不順、インフレ期待の上昇、想定以上の賃金上昇と企業マージンの増加等、下方リスクは、総需要の想定以上の弱さや、エネルギーと食品の既往の価格下落の想定以上の波及を挙げた。
なかでも、賃金上昇と企業のマージン増加が想定以上に持続した場合、二次的効果に繋がるリスクが指摘されたが、足元で顕在化していない点も確認された。一方で、自然災害の多発による食品価格の上昇は想定以上との指摘もあった。
金融政策の運営
理事会メンバーは、政策金利の引上げが企業や家計の資金調達コストの顕著な上昇を招き、TLTROの償還やAPPに係る保有資産の削減とともに金融環境をタイト化した点を確認した。
また、景気の減速やインフレ期待の安定等の面で、インフレは前回(6月)の見通しに沿って推移していると評価したほか、金融政策の引締め過ぎはインフレ率のundershootを招くだけでなく、経済や雇用に関する二次的目標に反するとの意見が示された。
これに対し、リスクはむしろスタグフレーションであるとの指摘や、ECBの政策目標は物価安定のみであり、金融引締めが不十分となるリスクを重視すべきとの反論があった。さらに、供給要因の緩和だけでは高インフレが持続するリスクも示唆された。
この間、金融引締めの効果が波及している点には、理事会メンバーも同意したが、経済活動の減速が想定より小さいとの意見と、貸出金利の上昇等からみて今後に効果が強まるとの見方が示された。その上で、金融環境のタイト化の実体経済への波及(second leg)に関する理解が重要とした。
これらを踏まえて、理事会メンバーは政策金利の更なる引上げが必要との理解で一致し、物価目標の達成時期の見通しをこれ以上先送りすることは望ましくないと指摘した。また、25bpの利上げを最終的に全会一致で支持したが、当初は、政策効果が今後に波及するとして、政策金利の据え置きを支持する意見も見られた。
その上で、政策金利の運営は経済データに即して会合ごとに判断する方針とともに、リスクマネジメントの観点を重視することも確認した。つまり、インフレの減速が遅い以上、次回(9月)の会合で追加利上げが必要となる可能性と、インフレ見通しが下方改訂される結果、追加利上げが不要となる可能性の双方が挙げられた。
最後に理事会メンバーは、楽観論を示唆しないよう、「政策金利を必要な期間に亘って十分に引締め的水準に設定」する方針を明記することで合意した。
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