フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECB のラガルド総裁の記者会見- Substantial contribution

ECB のラガルド総裁の記者会見- Substantial contribution

2023/09/15

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

ECBは今回(9月)の理事会で25bpの追加利上げを決めた。もっとも、新たな政策金利は、十分長期にわたって維持されれば、インフレ目標の適時の達成に十分貢献するとの見方も示し、利上げの停止も示唆した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、金融環境のタイト化による住宅投資や設備投資の減速、中国を中心とする外需の低迷に加えて、サービス消費のモメンタムも低下するなど、経済活動の弱さを確認した。

また、域内国政府によるエネルギー抑制策の撤退も、財政面では望ましいが、総需要を抑制しているとした。もっとも、家計の実質購買力は。雇用と賃金の増加に加え、インフレ率の減速によって改善しているとの見方も付言した。

執行部による新たな実質GDP成長率の見通しは、2023~25年にかけて+0.7%→+1.0%→+1.5%となり、前回(6月)に比べて、各々0.2pp、0.5pp、0.1ppの下方修正となった。

ラガルド総裁は、質疑応答で、2024年の下方修正は2023年後半の景気低迷による水準効果による面が大きく、景気回復に転じる見通しには変化がないと説明した。もっとも、複数の記者が景気後退のリスクを指摘し、ラガルド総裁もPMIやセンチメント指標の弱さに懸念を示した。

その上でラガルド総裁は、景気に関するリスクが下方に傾いているとの評価を示し、要因として、金融引締め効果が想定以上に強まることや、中国を中心とする外需が一層減速することを挙げた。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、インフレ率が減速傾向にある点を歓迎しつつ、長期に亘る高インフレの継続に変わりがないとの懸念を示した。

内容別には、工業製品の価格上昇率が供給制約の緩和等によって沈静化したが、食品価格の上昇率が高止まっているほか、エネルギー価格に反転の兆しがみられる点を指摘した。この間、サービス価格の上昇率には減速の兆しがみられるが、賃金上昇率の高止まりに懸念を示した。

執行部による新たなHICPインフレ率の見通しは、2023~25年にかけて+5.6%→+3.2%→+2.1%となり、前回(6月)に比べて、 2023~24年が0.2ppの上方修正、2025年が0.1ppの下方修正となった。また、HICPコアインフレ率の見通しは、 2023~25年にかけて+5.1%→+2.9%→+2.2%となり、前回(6月)に比べて、2024~25年が各々0.1ppの下方修正となった。

つまり、物価見通しの修正は全体として小幅に止まった。ラガルド総裁は、上方リスクの要因として、エネルギー価格の再上昇、気候変動の食品価格等への影響、インフレ期待の上昇を挙げた一方、下方リスクの要因として、景気と同じく金融引締めの効果の想定以上の強まりや外需の一層の減速を挙げた。

質疑では賃金動向に関する質問が示され、ラガルド総裁は、労働市場が強さを維持している点を確認しつつも、雇用の増加ペースが減速した点や企業のunit profitに減速の兆しがみられる点も指摘し、賃金上昇率の加速リスクには楽観的な見方を示唆した。

金融環境の評価

ラガルド総裁は、既往の利上げの効果が銀行貸出の金利や規模の面で金融環境のタイト化に波及しており、その迅速さは前回の利上げ局面を上回るとの評価を示した。 これに対し質疑応答では、複数の記者が金融引締めに伴う不動産市場への影響に懸念を示した。

ラガルド総裁は、住宅価格の下落が家計消費に影響を与えうる点を認めつつ、ECBは物価安定を優先するとの考えを説明した。また、デギンドス副総裁は、商業用不動産の価格調整は、金融引き締めの開始以前からコロナの影響等によって始まっていたと指摘した一方、銀行だけでなく一部のfundも大きな与信を有しているため、金融安定の観点で事態を注視する考えを示した。

金融政策の運営

ラガルド総裁は、インフレ率の減速傾向を歓迎しつつも、その動きを強化(reinforce)するために、25bpの利上げを決定したと説明した。

また、記者が理事会メンバーの意見の対立について質問したのに対して、ラガルド総裁は、数名のメンバーは経済指標をさらに見極めるべきとして政策金利の据え置きを主張したが、大多数は25bp利上げを支持したと説明した。

一方でラガルド総裁は、声明文を読み上げる形で、「現時点での評価に基づき、理事会は、(新たな)政策金利が十分長期に亘って維持されれば、インフレ目標の適時の達成に十分貢献(substantial contribution)する」との見方も示した。さらに、今後の政策運営については、政策金利を必要なだけ長く十分な引き締め水準に維持する考えを示唆した。

これらは、ECBが新たな政策金利を当面維持する一方、利上げの少なくとも一旦停止を示唆したものと理解できる。

実際、ラガルド総裁は、今回の利上げをもって政策金利がピークアウトしたかどうかは現時点ではわからないとして、Sintraでのスピーチで示した考え方を確認した。もっとも、今や政策金利の引上げよりも、その維持の方が重要度が高いとの理解も示唆した。

質疑応答では、複数の記者が、声明文がデータ依存の方針も維持するとしたこととの整合性を質した。ラガルド総裁は、毎回の理事会において、新たなデータをもとに、政策金利が十分引き締め的かどうか、それをいつまで維持すべきかを判断するものであって、矛盾は存在しないと説明した。

また、別の複数の記者が、政策金利の十分に引き締め的な水準での維持を具体的にどの程度続けるのかを質したが、ラガルド総裁は毎回の理事会で議論する予定であるとして回答を避けた。

このほか、ラガルド総裁は、PEPPは域内の金融政策の波及メカニズムを維持するための第一防衛線との理解を確認するとともに、2024年末まで保有資産の再投資を継続する方針に変わりがないことを説明した。一方、APPに伴う保有資産の削減については、今回(9月)の理事会では議論しなかったと説明し、市場売却による加速の可能性は否定した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ