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ECBの9月理事会のAccounts-Tactical considerations

2023/10/17

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はじめに

25bpの利上げを決定したECBの9月理事会では、数名のメンバーが景気の明確な減速や既往の金融引締め効果の波及を理由に政策金利の据え置きを主張した。もっとも、エネルギーや食品の価格上昇圧力が今後も持続しうるリスクも幅広く共有され、今後の政策運営に関する不透明性は一層高まった。

経済情勢の評価

理事会メンバーは、金融環境のタイト化によって設備投資が減速し、企業のセンチメントが悪化し、家計のサービス消費も弱まった点などを指摘し、当面は低成長を続けるとの見方で一致した。

実際、9月理事会に提出された執行部見通しは大幅な下方修正となったが、主因は2023年後半の経済見通しの弱さにあるとされた。これに対し、理事会メンバーからは、前回(6月)の見通しで消費と設備投資の双方が楽観的過ぎたとの指摘があった。

今後に関しても金融環境のタイト化の影響を考慮すべきとの議論もみられたが、全体としては、実質購買力の回復や雇用の拡大等を主因に消費を中心に緩やかに回復する見通しを維持した。

労働市場については、執行部見通しが失業率の限定的な上昇を示唆したことは”sacrifice ratio”の好転を意味するとの指摘があったほか、今後の雇用の減速は解雇でなく新規雇用の減速によって生ずるとの見方や、足元の雇用の強さにはコロナ期のjob-retentionや労働時間の減少も寄与しているとの意見もあった。

これらの議論を踏まえて、理事会メンバーは経済のリスクが下方に傾いているとの判断を示し、金融引締めの想定以上の効果、中国の景気減速を含む世界経済の減速を要因として挙げた。

物価情勢の評価

理事会メンバーは、足元での減速に拘わらず、インフレ率が依然として高い点を確認した。さらに、9月理事会に提出された物価見通しでは、インフレ目標の達成が2025年末であり、多くの穏健な仮定に基づいている点に懸念を示した。

今後の見通しについては、景気の明確な減速に拘わらず、足元のエネルギー価格の上昇を考慮すると、ディスインフレが定着したとの判断は時期尚早との指摘や、目標達成に向けた”last 1km”が困難との指摘がみられた。さらに、全体としては川上の価格上昇圧力は減退したが、企業による価格への反映には値上げと値下げで非対称性があるとの指摘もみられた。

なかでもエネルギー価格の上昇が持続性を持つかどうかについては、理事会メンバーは、経済情勢の評価と物価情勢の評価の双方のパートで活発な議論を行った。

一方の立場はエネルギー供給の構造変化を重視し、気候変動対応によって需要が減少する見通しを踏まえ、供給国が供給削減によって収入の最大化を図っているとの理解である。こうした理解に立てば、エネルギー価格ショックは持続しうる。

もう一方の立場は、エネルギー価格の上昇は一時的との理解であり、根拠として、①原油の減産はロシアとサウジアラビアに限定、②エネルギー需要の大きい財の生産や貿易は減速、③中国経済の減速で原油需要は今後に減少、といった点を挙げた。

その上で理事会メンバーは、問題は中長期のインフレ期待への影響であり、エネルギー価格の上昇も、実質購買力や資源のutilizationの低下を通じて、中期的にはインフレ期待を抑制する可能性もあるとの指摘があった。

賃金については、理事会メンバーは、足元の動きが執行部の見通しに概ね沿っている点や、短期的には上昇圧力がピークを迎えた可能性を指摘した。

もっとも、明確に減速に転じた兆しは見られず、かつ来年の契約賃金の改訂に際しては、過去の生活費の上昇による影響の点で、域内国で大きな違いがあるとの指摘もみられた。加えて、企業のunit profitの伸びが想定より低い点を確認したが、理事会メンバーからは、賃金上昇率の鈍化だけでなく、労働生産性の伸びの停滞による面も強いとの見方も示された。

また、理事会メンバーは、中長期のインフレ期待が安定している点を確認しつつも、SPFの回答結果の分布が拡大した点や、5年先の5年間の期待インフレ率が上昇した点に懸念を示した。

これらの議論を踏まえて、理事会メンバーは物価のリスクが上方に傾いているとの見方を維持し、エネルギーや食品の価格上昇圧力、気候要因の悪化による食品価格の一層の上昇、賃金や企業収益の想定外の増加等を要因として挙げた。

政策金利の運営

理事会メンバーは、予て掲げている「政策反応関数」に関する評価を行った。まず、物価見通しについては、足元でのインフレ率の減速を確認しつつ、今回(9月)の執行部見通しが再び中期的な上方修正となった点に懸念を示した。

次に、基調的物価の動向については、多くの指標が減速を示している点を確認した。また、賃金上昇が続いている下で、企業のunit profitの伸びが想定より低い点にも着目し、企業が賃金上昇を部分的には収益の減少で吸収している可能性を示唆した。

最後に、金融引締めの波及に関しては、執行部の想定以上に明確な効果を発揮していると評価した。こうした効果は今後も波及を続けるとした一方、2025年を超えて効果が持続するとの見方と、金融政策の正常化は利上げ開始以前から開始されただけに、時間とともに減衰することの見方に分かれた。

こうした議論を踏まえて、理事会メンバーは高インフレが継続することの見方で一致した一方、今回の引締めサイクルは、引締め過ぎのリスクと引締め不足のリスクがより均衡する段階に達したとした。また、9月理事会での政策金利の引上げは微妙な判断(a close call)であり、戦術的な側面も考慮すべきとした。

その上で、大多数(a solid majority)のメンバーは25bpの利上げを主張し、主たる理由として、インフレ目標の達成に向けたコミットメントを明示すべきこと、および、執行部の物価見通しが(利上げの継続という市場の見方を前提としても)上方修正されたこととの整合性を挙げた。

これに対し、数名(some)のメンバーは政策金利の据え置きを主張し、その理由として、経済指標が明確に悪化していることと”data dependent”の方針との整合性や既往の金融引締めの効果の波及の評価の必要性を挙げた。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

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