フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 異次元の少子化対策とはいったい何か

異次元の少子化対策とはいったい何か

2023/01/11

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

少子化問題は「静かなる有事」

岸田首相が年頭の記者会見で掲げた「異次元の少子化対策」が、大きな議論を巻き起こしている。岸田首相は少子化対策を含むこども関連予算を倍増する考えを従来から示しており、防衛費増額の議論と同様に、「規模先にありき」の決定となった感が強い。さらに、防衛費増額の議論と同様に、財源の議論が最も後回しとなりそうだ。

政府は新たな会議を立ち上げ、3月末までに少子化対策のたたき台をまとめる方向だ。さらに、6月に策定される経済財政運営の指針、いわゆる「骨太方針2023」までに子ども予算倍増に向けた大枠を示す考えも表明している。財源についても、4月以降に明示するとしている。

コロナ禍の影響もあり、2021年の合計特殊出生率は1.30にまで低下した。2022年1~10月の出生数も66.9万人に留まっており、1年間の出生者数は過去最少だった2021年の81.1万人を大きく下回る可能性が高い。

少子化は、経済の成長力の低下をもたらすとともに、年金・医療など社会保障制度の安定性を揺るがすものである。この点から「静かなる有事」とも呼ばれる。遅きに失した感は否めないものの、岸田政権がようやく少子化対策に本格的に力を入れ始めたことは歓迎したい。

児童手当拡充で数兆円規模の財源が必要に

少子化対策の柱は、1)児童手当など経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充、3)働き方改革の推進、の三つとなる模様だ。

その中で、経済支援策の中核となるのは、児童手当の支給額拡大である。現行制度では、中学生まで1人当たり原則1万~1万5千円が支給される。自民党内では第2子には3万円、第3子には6万円に増やす案、公明党内では18歳まで支給対象を広げる案が議論されている。所得制限(世帯主の年収1,200万円程度)を見直す議論もある。

これらを実現するためには、数兆円単位の新規財源が必要となる。3兆円規模との指摘もある。いずれにせよ、安定財源の確保が不可欠となる。ちなみに、こども家庭庁の来年度予算案の総額は4.8兆円であるが、そのうち、児童手当は1.2兆円と予算の4分の1を占めている。

政府・与党は子育て支援の新給付制度創設を検討

また政府・与党は、新たな少子化対策として、非正規労働者らを対象とした子育て支援の新給付制度を創設することを検討している。この新給付制度は、現行の制度では支援が届いていない、育児休業明けに短時間勤務を利用する労働者、育休を取得できない非正規労働者、自営業者などを対象とする。ただし、それらの実現には、年間で数千億円から最大1兆円の安定財源を確保しなければならないとみられる。

政府は、年金と医療、介護、雇用の各社会保険から拠出金を積み立て、新制度の財源に充てることを検討している。国民1人あたりの月額保険料を総額で数百円程度引き上げ、全世代で子育てを支える仕組みの構築を目指す。

子育て家庭向けサービスの拡充については、産後ケア事業の利用料(自己負担額)の減免や、子供の急な発熱に対応できる病児保育を行う施設の整備などが検討される。学童保育を利用する際の申込書をオンライン化する見直しなども検討されている。

働き方改革では、仕事と育児の両立に向けた男性の育児休業の取得率向上が課題となる。厚生労働省によると、2021年度の取得率は約14%に留まり、国が2025年度までの達成を目指す30%にはまだ開きがある。

育休中に雇用保険から支給される「育児休業給付金」の給付率を、休業開始前の賃金の67%から引き上げることも検討課題とされている。

少子化対策は成長戦略と一体で進めるべき

以上の議論を踏まえて、岸田首相が掲げる「異次元の少子化対策」とは何かを改めて考えてみると、異次元なのは追加措置の規模の大きさだけなのではないか。現在議論されている施策は、いずれも、既存の措置の給付規模を増やすもの、あるいは対象を拡大させるものであり、内容に新味はない。決して「異次元」とは言えないのではないか。しかし、少子化対策を中心にこども関連予算を倍増する場合には、積み増し額は少なくとも5兆円程度に達し、今までにはなかった規模と言えるかもしれない。

児童手当の拡充、非正規労働者らを対象とした子育て支援の給付制度の創設などは、出生率の向上に一定程度貢献するだろう。しかしそれには大きな負担が生じるのであり、それを踏まえても有効な施策であるかについては、なお慎重に検討する必要があるのではないか。少子化対策では今までも給付の増加が先行してきたが、それがどの程度の成果を挙げたのか、過去の施策も検証する必要があるだろう。

出生率の低下が、将来に渡る生活への不安に根差しているのであれば、経済の潜在力向上、中長期の成長期待の向上こそが、最も有効な少子化対策となるだろう。この点から、政府は単に少子化対策の予算を増やすだけではなく、DX戦略、GX戦略、インバウンド戦略、東京一極集中是正など様々な成長戦略を推進し、それと一体で少子化対策を進めていく、というより包括的な考え方が必要なのではないか(コラム「来年には防衛費増額に加え子ども関連予算倍増の財源議論」、2022年12月21日)。

少子化対策のコストは国民が広く負担すべき

一般に、社会保障関連での新規施策の財源は、既存予算内のやり繰りで捻出することが近年は繰り返されてきた。しかし、少子化対策を柱とするこども関連予算倍増の財源は、それでは無理であることは明らかだ。

事実上の社会保障目的税と政府が位置付ける消費税の引き上げも選択肢に含めながら、相当額の恒久財源を確保する必要があるのではないか。各種保険料の引き上げによって財源を確保する場合でも、直接的な支援の対象とならない、子どもを持たないあるいは子育てを終えた労働者や企業などの負担を増やすことになるため、彼らの理解も必要となる。

少子化問題が「静かなる有事」であり、経済の潜在力を低下させ、社会の安定性を低下させることを通じて、子育て世代に限らず、すべての国民に不利益を生じさせていることを政府はしっかりと説明することが求められる。それを踏まえて、財源議論を本格化させる必要があるのではないか。

防衛費増額については、日本を取り巻く国際環境の変化を受けて、国民の間ではそれに賛成する比率が高い一方、それを賄うための増税策には抵抗感が強いのが現状だ。こども関連予算倍増についても同様に、国民の支持は得られやすいが、他方でその財源については未だ深く考えられていない。

安易な国債発行は避けるべき

恒久的な新規の施策は、歳出削減、増税、国債発行の3つの手段で賄うことが必要だ。どれを選ぶかは国民の選択である。歳出削減、増税によって賄う場合に、経済や国民生活に過度な悪影響を与えることが予想されるのであれば、新規施策の規模を見直すことが求められる。

防衛費増額については、そうしたプロセスを通じて規模や中身が再び検証されるということがなかった。この点を反省材料として、こども関連予算倍増については、規模、中身、財源を一体で決めるようにし、早期に国民的議論を始めることが必要だろう。

歳出削減、増税、国債発行の3つの手段はいずれも国民の負担になる。フリーランチはあり得ないのである。財源の議論が紛糾した末に、明確に国民が選び取る形ではなく、なし崩し的に新規国債発行が財源となっていき、その負担が将来世代に転嫁されてしまうのは最も望ましくない帰結だ。

しかし少子化対策では、そのような形に帰着する可能性が相応にあるだろう。仮にそうなれば、将来世代の需要はその分奪われ、先行きの成長期待の低下が、企業の設備投資、雇用、賃金の抑制につながってしまう。それでは、少子化対策がもたらす経済へのプラスの効果が相殺されてしまい、元も子もなくなってしまうのではないか。

(参考資料)
「非正規労働者ら対象の子育て給付創設、少子化対策で政府方針…社会保険から拠出金」、2023年1月9日、読売新聞速報ニュース
「少子化対策 「異次元の対策」見えぬ解 手当拡大、安定財源ハードル」、2023年1月9日、産経新聞
「少子化対策会議 児童手当の拡充 論点 0~2歳支援策も」、2023年1月7日、東京読売新聞

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn