岸田首相施政方針演説1年の変化:成長重視への経済政策転換と構造的賃上げ・リスキリング
1年前の所信表明演説では分配重視
1月23日に召集される通常国会の冒頭で、岸田首相は所信表明演説を行う。1年前の所信表明演説では、新型コロナ問題への対応に多くの時間が割かれた(コラム「異次元の少子化対策が柱となる岸田首相の施政方針演説」、2023年1月19日)。経済政策面では「新しい資本主義」の実現が謳われたものの、その内容に具体性はなお乏しかった。施策としては賃上げがかなり強調されていた感が強い。
ただし、賃上げ促進税制の拡充など、企業に対する短期的なインセンティブや企業への賃上げ要請だけでは、持続的な賃金上昇率の高まりは期待できない。(実質)賃金の上昇を通じて国民の生活を豊かにするためには、生産性向上や潜在成長率の向上などの経済構造の変化がまず必要である。この点から、所得再分配政策よりも成長戦略を優先すべきである。
1年前の所信表明演説の際には、岸田首相は「成長と分配の好循環」を掲げながらも、成長ではなく賃上げを中心に据えた所得再分配政策に軸足を置いていた。
今回の所信表明演説では「成長」重視への経済政策転換が改めて確認される
ところが2022年の春以降、岸田政権の経済政策は、「分配」重視から「成長」重視へと大きく舵が切られた。「資産所得倍増計画」が掲げられ、「貯蓄から投資へ」の政策推進の方針が打ち出されたのがその表れである。それは昨年末の税制改正大綱で、少額投資非課税制度(NISA)の大幅拡充という形で一部が具体化された。
生活水準を左右する実質賃金上昇率の低迷など、現在、国民が直面する経済問題の多くが、経済の潜在力、成長力の低迷に根差していることを踏まえれば、「分配」重視から「成長」重視への政策転換は望ましいことだ。この点は、今回の所信表明演説でも明確に確認できるだろう。
賃金が上がるような経済環境を作り出す「構造的賃上げ」策
今回の所信表明演説でも、「賃上げ」が重要な政策課題として打ち出される点は、1年前と変わらない。しかし大きく異なるのは、税制変更や企業への要請を通じて直接的に賃金を上げようとしていた1年前とは異なり、「賃金が上がるような経済環境を作り出す」ことに重点が置かれるようになった。岸田政権はそれを、「構造的賃上げ」を目指す政策と表現している。これは非常に重要な政策方針の転換であり、また、望ましい方向への転換だ。
「構造的賃上げ」を目指す政策を支える柱が、「人への投資」、特に「リスキリング」を通じた労働生産性向上策である。労働生産性上昇率が高まれば、実質賃金上昇率も高まることになる。
日本では深刻なIT人材の不足が生じており、経済産業省は2030年には最大で79万人不足するとしている。教育制度の改革には時間がかかることから、深刻なIT人材の不足を補うためには、社会人が学び直すことで、新たなIT技能を身に付けることが欠かせない。政府がそれを支援するのが、人への投資、リスキリングの政策である。
人への投資と人材の流動化を結び付けた点が新機軸
リスキリングやリカレント教育などの施策は岸田政権以前の政権も掲げていたが、岸田政権は、人への投資と人材の流動化を並行して進めていくことを決めた点が、新機軸である(コラム「新しい資本主義で本格化する人への投資・リスキリングと労働市場流動化策」、2022年12月8日)。
リスキリングを通じて社員が新たな技能を習得しても、同じ会社の中に留まっていてはその能力が十分に発揮できず、経済全体の生産性向上効果は限られるだろう。
しかし、企業が社員に費用をかけてリスキリングを行っても、新たな技能を習得した後にその社員が他社に転職してしまえば、その投資を回収できない。こうした「外部経済」が生じる場合、企業は社員のリスキリングに前向きでなくなってしまうだろう。
そこで政府は、社員にリスキリングを行う際の費用の一部について、企業に直接補助するだけでなく、働き手に直接リスキリングの支援を行い、さらに他企業、他産業への転職も支援することで、経済全体の生産性向上、成長産業の育成、産業構造の高度化を図ることを狙っている。こうした政策の枠組みは、望ましいものだ。
「成長戦略のグランドデザイン」に期待
今回の施政方針演説で岸田首相は、少子化対策を大きな柱に据える。異次元の少子化対策と銘打った新たな施策が、給付増加という従来型の延長線上にあることは問題だと思うが、少子化対策を加速させることは正しく、またそれは、成長戦略の一環でもある(コラム「異次元の少子化対策が柱となる岸田首相の施政方針演説」、2023年1月19日)。
それ以外に、岸田首相が政権発足当初から掲げてきた「デジタル田園都市国家構想」やインバウンド政略、DX戦略など、多くの成長戦略に具体的な肉付けを進めていくことが重要だ。そのうえで、それらを人への投資や少子化対策などと結びつけて、一つの成長戦略にまとめ上げ、それを国民に具体的に示していくこと、いわゆる「成長戦略のグランドデザイン」を示していくことを、大いに期待したいところだ。
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