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米国の賃金動向で注目されるコロナ禍の影響:実質賃金の低下と賃金格差の縮小

2023/01/24

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実質賃金は2年間低下が続く

米国では消費者物価上昇率、賃金上昇率ともに、足元で鈍化傾向が明確となってきている。2022年12月の時間当たり賃金は、前年同月比+4.6%増加した。同じ12月の消費者物価上昇率は前年同月比+6.5%だった。ともに上昇率は下がってきているものの、賃金上昇率が物価上昇率を下回っている状況に変わりはない。

ちなみに、2021年12月の時間当たり賃金は前年比+4.9%増で、消費者物価上昇率の+7%を下回っていた。両者の差は縮小してきているが、それでも賃金上昇率が物価上昇率を下回る状況が2年も続いているのは異例であり、それが、個人消費への逆風となっている。

そうした中でも、米国の個人消費が大きく崩れてはいないのは、高い物価上昇率が一時的現象であり長く続かない、と考えているからではないか。これは、個人の中長期の物価上昇率見通し(インフレ期待)が比較的安定している、と言い換えることもできる。米連邦準備制度理事会(FRB)が、物価上昇の抑制に強い意志を持って臨んでいることが、それに貢献している面もあるだろう。

FRBは消費者の味方か敵か

他方でFRBは、賃金上昇率が依然として高いことが、サービス価格を中心に物価上昇率の低下を妨げている、と問題視しており、さらなる労働需給の緩和と賃金上昇率の低下を望んでいる。

米国の消費者にとってFRBは、物価上昇率を抑える政策を行っている面においては味方であるが、賃金上昇率を抑えることを狙っている面においては敵である。この点についてパウエル議長は、「賃金上昇を望んでいないわけではない」、「われわれは賃金が力強く伸びることを望んでいる。ただ、2%のインフレ率に見合う水準であってほしい」と述べている。さらに、現時点ではその水準を「はるかに超えている」と指摘した。

早ければ、今年年末にも物価上昇率が賃金上昇率を下回り、FRB、個人ともに望ましい経済環境が見えてくるのではないか。

コロナ禍でエッセンシャルワーカーの希少性が高まる

さて賃金の上昇をより詳細にみると、実質賃金が下落を続けたこの2年の間に、それ以前とは大きな変化が生じている。熟練労働者と非熟練労働者、ホワイトカラーとブルーカラーの賃金の格差に縮小が見られたことだ。きっかけはコロナ禍である。

コロナ禍以前の数十年間は、低賃金でスキルの低い時間給労働者の賃金上昇率は、熟練工や大卒者、管理職、専門職の賃金上昇率を一貫して下回り、両者の賃金水準の差は拡大を続けてきた。

グローバル化が安価な輸入品の拡大を通じて非熟練労働者の賃金を押し下げる一方、情報経済の台頭が熟練労働者、高額所得者に恩恵をもたらしてきたことが理由と考えられてきた。それが足元で逆転している背景にあるのは、コロナ禍だろう。コロナ禍によって感染リスクが相対的に高いエッセンシャルワーカーの人で不足感が強まり、その希少性が高まったのである。

リモートワークは賃金引き下げに働くか

他方で、コロナ禍で熟練労働者、高額所得者の間に、リモートワークが一気に広がったが、それが彼らの賃金の上昇を抑え、非熟練労働者、低所得者の賃金との格差を縮小させている面がある。スタンフォード大学のニック・ブルーム氏と4人の共著者の研究によると、熟練労働者、高額所得者にとって、リモートワークには、給与水準を犠牲にしても欲しい快適さがあり、それは、年収で5万ドル以上を稼ぐ人では給与の6.8%、2万ドルから5万ドルの年収の人では給与のちょうど4分の1にもあたる、とされる。

その分だけ、リモートワークを選択する、熟練労働者、高額所得者に対して、企業は賃金を下げることができる一方、対面での業務を行う非熟練労働者、低所得者にはより多くの賃金を支払うことが必要となる。

コロナ禍のなせる業で永続的ではない

過去2年間の賃金格差縮小の背景については、非グローバル化の進展や情報技術による生産性向上効果の鈍化などがある、との指摘もあるが、それらの影響については明らかではなく、コロナ禍の影響の方が大きいのではないか。

急激な物価上昇による実質賃金の低下も、所得格差の縮小も、コロナ禍の影響を強く受けている。ただし、それはコロナ禍の影響が和らぐ中で、次第に解消されていくだろう。

今後は賃金上昇率の低下以上に物価上昇率の低下が進み、既に述べたように、早ければ年末までに実質賃金は上昇を始める可能性がある。他方で、急速な金融引き締めの影響を受けやすいのは、建設関連や製造業であり、その結果、ブルーカラー労働者の賃金に低下圧力がかかり、所得格差は再び拡大に転じていくのではないか。

歴史的な物価高騰や、所得格差の縮小などは、いずれもコロナ禍のなせる業であるが、その影響は永続的なものではなく、早晩、従来の経済環境へと戻っていくだろう。

(参考資料)
"Workers Lose Ground to Inflation Despite Big Wage Gains(米国の賃金上昇率、2年連続でインフレに及ばず)", Wall Street Journal, January 16, 2023
"Wage Inequality May Be Starting to Reverse(米の賃金格差に逆転現象、持続の可能性も)", Wall Street Journal, January 2, 2023

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