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日本型職務給は構造的賃上げを後押しするか

2023/01/27

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政府は6月までに日本型職務給のモデルを示す

岸田首相は1月23日の施政方針演説で、「構造的な賃上げ」を実現するため、「リスキリングによる能力向上支援、日本型の職務給の確立、成長分野への円滑な労働移動を進めるという三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って加速します」と発言した。さらに、日本型の職務給の確立については、「人材の獲得競争が激化する中、従来の年功賃金から、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給へ移行することは、企業の成長のためにも急務です」、「本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルをお示しします」と発言している。

1年前の施政方針演説でも岸田首相は賃上げを訴えていたが、当時は、賃上げ促進税制という短期的なインセンティブと企業への賃上げ要請を通じて、直接的に賃上げを目指していた。しかし、労働生産性向上などの経済構造の変化がない中では、経済合理性に従って行動する企業が、大幅な賃上げを行うことは考え難い。

三位一体の労働市場改革で「構造的な賃上げ」を目指す

今回の施政方針演説では、1年前と同様に賃上げを掲げたが、今回は、持続的に賃金が上昇する経済環境を整えることを目指す「構造的な賃上げ」を掲げたのである。これは、賃金が上昇しない背景に、労働生産性の低迷があることを踏まえた転換であり、適切なものだ(コラム「岸田首相施政方針演説1年の変化:成長重視への経済政策転換と構造的賃上げ・リスキリング」、2023年1月23日)。

そして、「構造的な賃上げ」を実現するために、リスキリングなどを通じた技能、生産性の向上を図ったうえ、それが賃金の上昇につながるように職務給の確立を目指す。さらに、個々人の技能の向上を経済全体の生産性向上に結び付けるために、労働市場の流動性も高める。まさに三位一体の労働市場改革によって「構造的な賃上げ」を実現する試みである。

新卒一括採用、年功序列型給与体系、終身雇用、などといった日本の伝統的な雇用環境は、かつては日本の高成長を支えた側面はあった。しかし現在では、それらが経済の潜在力の向上を妨げ、その結果、賃金上昇を阻んでいる問題点が少なくないだろう。6月までに政府がどのような日本型職務給のモデルを示すのか、注目しておきたい。

職務給の確立は日本経済の再生に必要な要素の一つ

給与の決定方式には、従業員の職務遂行能力に基づいて給与水準を決める「職能給」と、業務の内容や成果に基づいて給与水準を決める「職務給」とがある。ただし、前者の「職能給」については、能力の計測は簡単ではないことから、勤務年数、経験によって能力が決まるとの仮定のもと、日本では年功序列型給与体系が一般的となっている。一方、「職務給」は職務の価値に対応した賃金が支払われる、米国などで代表的に採用されている成果主義型の給与体系だ。

「職能給」のもとでは、給与が安定的に上昇していくことから、同じ企業に留まるインセンティブが従業員の間に高まり、それが終身雇用制度を支えている。他方、そのことが従業員の転職など労働市場の流動性向上を妨げる、という問題点もある。そして従業員は、その企業だけに通用する、外部市場価値の高くない技能を身に着けるようになりがちである。

高い技能を身に着けた従業員が、他社、他業種に転職することで、より高い生産性を発揮できるようになれば、経済全体の生産性の向上と賃金水準全体の底上げも期待できるだろう。転職を通じた適切な労働者の再配置を可能にするには、個々人の成果に応じた給与体系を通じて、個別企業から離れた客観的な市場価値が示されることが重要だ。それこそが、「職務給(ジョブ型)」である。

このように、職務給の確立は、リスキリング、労働市場の流動化とともに、日本経済の生産性向上、潜在力向上につながる労働市場改革であり、日本経済の再生には必要な要素の一つだろう。

リモートワークが「職務給」を広める

職務給は、企業の間でも徐々に広がっている。政府の政策としては、「同一労働同一賃金」を掲げた時点で、職務給拡大への取り組みは始まっていたとも言える。「同一労働同一賃金」は、非正規労働者の処遇改善を主に狙ったものであったが、年功序列ではなく、業務の内容に応じた給与の決定を求めるものであることから、職務給制度の広がりに向けた第一歩であった、とも言えるだろう。

民間企業の間でも、「職務給」、「ジョブ型雇用」が広まってきている。例えば富士通では、グループ会社を含めた約12万4千人のうち約9割がジョブ型となった。

新型コロナウイルス問題を受けたリモートワークの拡大が、それを後押ししている面があるだろう。人事査定が難しいリモートワークのもとでは、各従業員の業務内容を今まで以上に明確にする必要があり、また業務の成果で従業員を評価する必要が高まったのである。

日本型職務給とは?

ただし、給与体系全体を一気に「職能給」から「職務給」に切り替えることは現実的ではない。その場合、中高年の従業員を中心に給与水準の低下への強い懸念から、反対意見が高まるだろう。年功序列制度の下、自身は若い時には能力、成果と比べて低めの給与水準を受け入れていたにも関わらず、中高年になってからは能力、成果に見合った給与水準に引き下げられるのは不当だ、との反対意見が出やすい。

年金制度改革と同じように、給与改革についても、世代間の不公平感が高まりやすいのである。それが大きな混乱をもたらす可能性に配慮すれば、「職務給」への切り替えは、希望者を中心に段階的に進めていくことが現実的だろう。

また、「成果給」と「年齢給」を併存させ、「職能給」と「職務給」の折衷的なものに給与制度を変えていき、両者の割合を各自が選べるようにすることなども、過渡的な形態としては現実的かもしれない。

岸田首相が話す「日本型の職務給」の「日本型」の意味はまだ明らかではないが、米国流のジョブ型を一気に導入するのでは、との懸念が国民の間に広がることを避ける狙いがあるのではないか。さらにこの「日本型」には、漸進的な制度の見直し、との意味合いもあるかもしれない。

経済の潜在力向上に貢献することが期待される「職務給」が、日本に定着するまでにはなお時間を要するだろうが、岸田政権がそこに至る道筋をしっかりと付けてくれることに大いに期待したい。

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