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2012年下期の日銀決定会合議事録が公表される:異次元緩和につながる政策姿勢の変遷と政治の影響を検証できるか

2023/01/30

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異次元緩和に繋がる緊迫の半年

日本銀行は1月31日(火)の午前8時50分に、2012年7月から12月に開催された金融政策決定会合の議事録を公表する。相当期間の経過後に議事録を公表することを求める、日本銀行法第20条第2項に対応したものだ。

この半年間は、筆者が日本銀行の審議委員として、金融政策決定会合に参加し、金融政策決定に関与した当初の半年と重なる。さらに、2013年4月から現在まで続く異次元緩和の開始に至るまでの日本銀行が政策姿勢の転換を強いられ、また、政治的影響力のもと日本銀行が苦悩した極めて重要な時期にあたる。

2013年1月の会合で、日本銀行は2%の物価目標を正式に導入し、また政府との間で共同声明(アコード)を結んだ。さらに2023年4月の会合で、就任直後の黒田総裁の下で、「量的・質的金融緩和」を決定した。2012年7月~12月は、こうした金融政策の大きな転換が行われる直前の時期に当たる。

多くの副作用を生んでいる量的・質的金融緩和の導入に至る議論、経緯をこの議事録も含め、十分に検証したうえで、日本銀行は今後、金融政策の柔軟化、正常化を進めていくべきだ。

追加緩和策がとられ続けた半年間

議事録が公開される2012年7月~12月の間には、日本銀行は追加緩和策を進めていた。2012年9月の会合では、当時の金融緩和の枠組みである「包括緩和」のもとで、資産買入等の基金を70 兆円程度から80 兆円程度に10 兆円程度増額する措置が決められた。後の「量的・質的金融緩和」のように、期限を定めずに年間の資産買い入れ増額ペースに目標を設定するのではなく、期限を設定した上で一定期間内の基金の残高増額が目標とされていた。

さらに、2012年10月の会合では、資産買入等の基金を80兆円程度から91兆円程度に11兆円程度増額することが決められた。また、金融機関の貸出増加額について、希望に応じてその全額を低利・長期で資金供給する「貸出支援オペ」の創設も決められた。

そして、2012年12月の会合では、資産買入等の基金を91兆円程度から101兆円程度に10兆円程度増額することが決定されたのである。

この時期は、会合2回に1回の頻度で、資産買い入れ増加の追加措置を日本銀行は決めていた。しかし、こうした政策は「小出し」として外部からは批判され続け、物価目標の設定とより大規模な資産買い入れを求める外部の声は着実に強まっていった。そうした中、日本銀行はいわば「外堀」を埋められていった。そうした流れをまさに決定的にしたのは、安倍政権の発足という政治的イベントだった。

政権交代で一気に追い込まれていった日銀

2012年12月16日に自民党が衆院選挙に圧勝して政権を奪回したことを受けて、政府から日本銀行に対する圧力は、一種のクライマックスを迎えた。安倍首相は総選挙の翌日にさっそく、「日銀は、選挙結果を受けて適切な判断を」と発言し、12月19・20日の金融政策決定会合で、日本銀行に回答を出すように強く圧力をかけた。抵抗を続ければ、日銀法の改正によって日本銀行総裁の解任権が新たに盛り込まれる等、その独立性が一段と制限されることを日本銀行は強く恐れただろう。

12月の会合では、既にみたように、基金の増額を決めただけではなく、政府などから導入を強く求められていた物価目標について、「次回金融政策決定会合において、金融政策運営にあたり目指す中長期的な物価の安定について検討を行うこと」を約束していた。

12月の会合後の記者会見で白川総裁は、「自民党の安倍総裁からの物価目標に関する検討の要請をふまえ、次回1月の会合で検討し、結論を出したい」と述べた。これについて、「先進国の中央銀行総裁や議長が、記者会見という公の場で、政治の要請で金融政策を左右されたということを明言するのは、おそらく歴史上初めてのことであろう」との指摘も聞かれたのである。

とどめを刺すように、「日銀が『裏切らない』ように、安倍首相は2012年12月23日の民放のテレビ番組で、『次の(日銀の金融政策決定)会合で、残念ながら物価目標の設定が見送られれば、日銀法を改正して、アコード(政策協定)を結んでインフレ・ターゲットを推進する』という趣旨の発言をした」とされる。

その後、日本銀行は2013年1月21・22日の金融政策決定会合で、長年抵抗を続けた2%の物価安定目標の導入を決めたのである。

日本銀行総裁人事と高まる独立性低下への懸念

その後、2013年3月及び4月にそれぞれ任期を迎える日本銀行総裁、副総裁の人選に関して安倍首相は、「私と同じ考え方を有し、デフレ脱却に強い意志と能力を持った方にお願いしたい」との意向を改めて表明した。その方針に沿って、緩和積極派の総裁・副総裁が指名され、2013年4月には異例の金融緩和である「量的・質的金融緩和」が始まった。

新体制のもとで、金融政策を巡る政府と日本銀行との関係は、それ以前と比べて劇的に良好なものへと改善したが、それは一方で国民の間に、日銀の独立性低下への懸念を生むことにもなった。

それ以降の日本銀行の金融政策運営に関しては、政府との関係の近さがしばしば問題視された。日本銀行が毎四半期公表している「生活意識に関するアンケート調査」の中に、半年に一回実施される「日本銀行の信頼性」を問うものがある。「日本銀行を信頼している」という回答比率は、2012年12月調査の45.2%をピークに、その後は概ね低下傾向が見られた。

他方で、日本銀行を信頼していない理由として選択された回答について、2012年12月調査では、「日本銀行の活動が物価や金融システムの安定に役立っていると思わないから」が最も高い比率であったが、新体制が始まって以降は、「中立の立場で政策が行われていると思わないから」が最大の回答比率を示すようになった。

こうした調査結果は、日本銀行の金融政策が政府の意向を反映したものであり、それが日本銀行への信頼を低下させるものとなっている、という一般国民の考え方を反映しているものと言えよう。日本銀行の独立性、そして国民からの信認はここで危機的な局面を迎えた、と言ってよいのではないか。その状況は、今も変わらず続いているのである。

日銀の積極緩和を前倒しで織り込み株式、為替は大きく動いた

最後に、この激動の時期に金融市場がどのように反応したのかを振り返ってみたい。

バブル崩壊後に長らく低迷を続けた株価は、2012年の年末を底に一気に回復した。きっかけとなったのは、2012年12月に実施された衆院選挙で、当時野党の自民党が単独で絶対安定多数を確保する大勝で第一党に返り咲いたことだ。9月の総裁選では、日本銀行の積極的な金融緩和を通じてデフレ脱却を目指す安倍氏が、自民党総裁に選出されていた。衆院選挙での大勝に支えられて、新政権がいわゆる「リフレ政策」を断行していくとの期待が、株価を大きく押し上げたのである。

日経平均株価は2012年末には1万円台を回復し、2013年3月末には1万2千円台まで一気に上昇した。そして4月の「量的・質的金融緩和」で株価上昇にさらに弾みがついていったのである。

この間、株価上昇を強く後押ししたのが為替市場での円安進行だ。ドル円レートは、1ドル70円台から、2012年末には80円台に上昇し、2013年3月末には90円台、そして量的・質的金融緩和実施後には100円台にまで到達した。

長らく金融緩和に慎重であった日本銀行が、政権からの強い圧力のもとで積極的な緩和姿勢に転じるとの期待は、量的・質的金融緩和が実施される前の段階から、これほどまでに金融市場を大きく揺り動かしたのである。

他方、債券市場の動きは株式や為替市場に比べて遅れた。10年国債利回りは2013年2月頃からようやく目立って下がり始めた。日銀が長期のゾーンを含めて国債を大量に買入れるとの観測が強まったためだ。利回り水準は0.8%程度から、量的・質的金融緩和の実施直後には0.4%台にまで下がった。

4月以降の金融政策正常化は金融市場、金融機関に配慮して慎重に進める

現状は、積極金融緩和実施への期待から金融市場が大きく動いた当時とは全く逆に、金融緩和修正への観測から、長期国債利回りに上昇圧力が高まる一方、為替市場では円安圧力も高まっている。

ただし、10年前に就任したばかりの黒田総裁のもとで量的・質的金融緩和が決定され、金融市場に大きなサプライズを引き起こしたのと同様に、今年4月に就任する新総裁のもと、サプライズで一気に金融政策の正常化が推し進められていく、と考えるのは現実的ではないだろう。

金融政策運営は、緩和を進める時期よりも、緩和を解消し正常化する時期の方が格段に難しい。資金の巻き戻しから、金融市場に大きな混乱を生じさせやすいためだ。それは経済や金融システムにも大きな打撃となり得る。

この点から、今年4月以降、新総裁の下で日本銀行は、慎重に、時間をかけて金融政策の正常化を進めていくだろう。金融市場や金融機関に与える影響を見極めながら慎重な金融政策運営を行う、伝統的な日本銀行の姿勢が10年ぶりに戻ってくるだろう。

(参考資料)
「金融政策の全論点―日銀審議委員5年間の記録」、木内登英、東洋経済新報社、2018年
「日銀の出口戦略Q&A」、木内登英、銀行研修社、2022年

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