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多くの課題を残したままGX移行債の具体的設計の議論が進む

2023/02/02

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GX経済移行債による財源確保よりもGX投資が先行

2023年度に、政府のGX投資に充てられるGX経済移行債(仮称)が初めて発行される。発行額は0.5兆円、2022年度第2次補正予算で先行的に措置した1.1兆円分に係る借換債と合計すれば1.6兆円である。

GX経済移行債は2050年までに完全に償還される予定であることから、30年よりも年限が短い、10年債あるいは20年債での発行が予想される。政府は2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」に必要な150兆円超の官民の合計の投資のうち、国の投資分にあたる20兆円規模を、このGX経済移行債で調達する計画だ。2032年度まで毎年度発行される予定である。

GX関連の歳出入を明確にするため、GX経済移行債は将来見込まれる特定の歳入を償還財源として、特別会計から発行する「つなぎ国債」とする。

GX経済移行債の償還については、カーボンプライシングを本格導入し、その財源に充てる。政府は、企業が排出削減できた二酸化炭素を売買する排出量取引を2026年度に本格的に始めたうえで、2033年度からは発電部門に対する排出枠を段階的に有償化することを検討する。さらに、2028年度からは、炭素税に似た賦課金の形で電力・ガス会社や石油元売り、商社などの化石燃料の輸入企業に負担を求める。

GX関連支出とその一時的な財源となるGX経済移行債の発行は2023年度から本格的に始まる一方、カーボンプライシング導入による恒久財源の確保は、2028年度からの実施となり、時間差が生じることになる。さらに、「つなぎ国債」の完全償還は2050年度とかなり先になる。

企業活動や経済への悪影響に配慮して、財源確保よりも支出増加をかなり先行させる枠組みとなっているが、当面は政府債務を増加させ、やや安定性を欠く枠組みとなった点は否めないだろう(コラム「短期国債依存が続く2023年度国債発行計画とGX経済移行債:日銀の政策調整が政府の資金調達コストを増加させる可能性」、2022年12月26日)。

環境債(グリーンボンド)ではなく移行債(トランジションボンド)を選択

ところで、政府は当初から、このGX経済移行債を海外の国債で一般的な環境債(グリーンボンド)ではなく、移行債(トランジションボンド)にする考えであった。朝日新聞によれば、実際、その方向で議論が進み始めている。

欧州を中心に多くの国で国債として発行されているのは、集めたお金の使途を、太陽光・風力発電など再生可能エネルギーへの投資に限る環境債である。ただし日本の場合、火力発電への依存度が他の主要国と比べて高く、それを一気に再生可能エネルギーによる発電に切り替えるのは不可能だ。

水素・アンモニア混焼の技術などを用いながら、石炭火力発電で二酸化炭素をできるだけ抑えていくことが、電力の安定供給を確保しながら2050年のカーボンニュートラルの達成を目指す現実的な対応となる。

そのため、再生可能エネルギーへの投資だけでなく、こうした多様な投資にも利用できる、脱炭素社会への移行を助ける目的で資金を集める移行債として国債を発行することを、日本政府は目指しているのである。移行債の発行には、国際機関での承認が必要となる。

「次世代革新炉」の建設の費用にも充てられる可能性

脱炭素に向けた日本が置かれた状況を踏まえれば、環境債ではなく移行債とすることは妥当と考えられる。ただし、移行債で調達された資金は、石炭火力発電での二酸化炭素排出量削減だけでなく、原発の利用を通じた脱炭素の取り組みにも利用できるようになり、そこに政府の狙いがある。

政府は今通常国会に、原子力発電所の運転期間を60年超に延ばすための法案を提出する方向だ。さらに政府方針では、「次世代革新炉」と言われる新たな原発の建設も掲げている。政府は、移行債で調達された資金を、「次世代革新炉」の建設の資金に充てる考えなのである。

しかし、原発の運転期間の延長や「次世代革新炉」の建設の是非については、いまだ世論は分かれた状況にある。移行債の償還は、カーボンプライシングの本格導入によって、企業の負担で行われるが、企業がその負担分を電力料金など価格に転嫁すれば、結局国民の負担となる。国民が、「次世代革新炉」の建設の費用を、移行債の発行を通じて間接的に自らが負担する可能性があることを果たしてどのように受け止めるかについては不確実だ。

金利が低めとなるかどうかは不確実

さらに政府は、通常の国債とは別の移行債として発行することで、利払い負担を減らすことを狙っている。ただし、それが実現できるかどうかも不確実である。

一般企業の場合には、環境債の発行を通じて、一般社債よりも低い金利(グリーニアム)で資金を調達することが可能な場合がある。

しかし、市場規模が極めて大きく、流動性が高い、発行残高が1,000兆円を超える通常の国債とは別に20兆円規模の移行債を発行した場合、市場規模の小ささに根差す流動性の低さに対して、投資家がプレミアムを要求し、むしろ金利が通常の国債よりも高くなってしまうリスクもあるのではないか。

この点から、政府は移行債に対する投資家のニーズを慎重に見極める必要があるだろう。

通常の税金あるいは通常の国債で賄うべきではないか

そもそも、脱酸素社会の実現に向けて、環境債にせよ移行債にせよ、特別な国債を発行する必要があるのか、という問題もあるだろう。

企業は環境債、あるいは移行債の発行によって低い金利で資金の調達が可能となる。脱炭素に向けた企業の取り組みは社会貢献の一環であり、そのコストの一部を脱炭素の受益者である国民、その一部である投資家が負担する、との考えが背景にあるだろう。企業にとっては利益を犠牲にする可能性もある脱炭素に向けた取り組みに対して、その趣旨に賛同した投資家が進んでコストの一部を負担するのである。

ところが脱炭素に向けた政府の活動は、国民全体にその利益が行き渡る通常の政策の一環である。国民の一部である投資家に低い金利を受け入れさせ、そのコストの負担を別途求めるのは、そもそもおかしいのではないか。その財源は、利益を享受する幅広い国民の負担となるよう、通常の税金あるいは通常の国債で賄うべきではないか。

このように、多くの課題と多くの疑問を残したまま、世界的にも珍しい脱炭素社会への移行に向けた政府の移行債の発行時期が近づいてきている。

(参考資料)
「環境債ではなく移行債 基準緩め20兆円調達 新たな国債発行へ」、2023年2月1日、朝日新聞

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