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日銀新体制の課題⑪:植田新総裁のもと金融政策は伝統的な短期金利操作に回帰か

2023/02/22

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政策目標は再び「量」に戻るのか

本来、国債の買入れを減らす狙いで導入したイールドカーブ・コントロール(YCC)のもとで、日本銀行は大量の国債買入れを強いられている。それは、日本銀行のバランスシートを一層肥大化させてしまうとともに、国債市場の流動性を低下させるなど、市場機能を損ねボラティリティ上昇のリスクを高めている。

この点から、植田新総裁が最初に行う大きな政策修正は、YCCの変動幅を現状の±0.5%から±0.75%あるいは±1.0%まで拡大する、あるいは変動幅を撤廃することではないか。早ければ4月の決定会合でも実施する可能性がある。これは、YCCの形骸化を一層進めるものであり、いずれはYCCを撤廃することになるだろう(コラム「新総裁の下で日銀が最初に着手するのはYCC改革か」、2023年2月9日)。

マイナス金利の解除、YCCの撤廃を進める中、日本銀行は国債買入れ額、あるいはマネタリーベースといった「量」を再び主要な政策目標に据える、との見方も一部にはある。しかし、大量の国債買入れによる問題点を強く認識したこと、そしてマネーを増やすことの効果がみられなかったことを踏まえて、日本銀行は長期国債の買入れ額、マネタリーベースの目標を2016年に廃止したのである。そうした経緯を踏まえると、「量」を主要な政策目標に据える枠組みを再び復活させることは考えにくい。

日本銀行はYCC導入後も相当規模での国債買入れを続けている。しかし、YCCは長期金利を下がらないように固定する制度である。そのもとでは、国債買入れを続けても長期金利低下を通じた緩和効果は期待できない。YCCを導入した時点で、国債買入れを通じた金融緩和の枠組みは否定されたのである。

植田氏による量的緩和策の3つの類型

植田氏は、量的緩和策を3つに類型している(コラム「日銀新体制の課題⑤:植田和男研究」、2023年2月13日)。第1が、銀行からの国債買い入れを通じて日本銀行がマネー(日銀当座預金)の供給を拡大させ、それが経済、物価に好影響を与えることを期待する政策である。第2が、機能が低下してしまったリスク性資産の市場からリスク性資産を買入れることで市場機能を改善させ、それを通じて経済にプラスの効果が生じることを期待する政策だ。これは、いわゆる信用緩和策である。第3が、資産を買入れることでその資産の価格を変化させ、それが金融機関の資産のリバランスを生じさせることを通じて、経済にプラスの効果が生じることを期待する政策だ。国債を買入れる場合には、長期金利が低下して国債への投資の魅力が低下することから、銀行はリスク性資産の買入れを増やす、あるいは貸し出しを増やすなどのポートフォリオリバランスを行い、それが経済効果を生むことが期待される。それは、ポートフォリオリバランス効果と呼ばれる。

この3つのうち、植田氏は、第1の政策は否定している。財政拡張策とセットでない限り(ヘリコプターマネー政策)、マネーを増加させるだけではプラスの経済効果は生まれない、と考えている。これは、マネタリスト的な考え方、あるいはリフレ派の考え方を強く否定するものだ。

2001年から06年にかけて導入された量的緩和策は、まさにこの第1のタイプであった。当時審議委員を務めていた植田氏は、量的緩和の導入に明示的には反対しなかったが、実際にはその効果については懐疑的だったのだろう。

現在、株式、社債などの市場でリスクプレミアムが過度に上昇し、市場機能が低下している状況にはない。この点から、第2の信用緩和策も有効ではない。

ポートフォリオリバランス効果は明確に確認できなかった

第3のポートフォリオリバランス効果については、過去10年の異例の金融緩和政策の中でも、明確にそれが確認できなかった。ただし植田氏は、長期金利の低下を促すことができれば、経済に一定程度効果を発揮できると考えている可能性がある。これは、1990年代末に、審議委員であった植田氏が主導した「時間軸効果」の考えである。

ただし、長期金利の低下を、長期国債の買入れをさらに増加させることで促すことは現実的ではないだろう。既に日本銀行は相当規模の長期国債を保有しており、それが、日本銀行の財務リスクを高める、国債の流動性を低下させる、政府の財政規律を緩めるなど、多くの問題を生んでいるからだ。

この点から、植田新総裁が、「量」を中核に据えた新たな金融政策の枠組みを模索する可能性は低いだろう。

伝統的な短期金利操作に回帰か

過去10年の異例の金融緩和のもと、マイナス金利政策、資産買入れ策、YCCなど、いわゆる非伝統的な政策手法が多く試された。しかし既に策は尽きた感がある。他方、いずれについても期待された効果を発揮できなかったばかりか、深刻な副作用を生み出してしまった。

それらの個々の非伝統的政策を見直し、副作用を軽減していく。一方で、政策の効果や副作用について長年にわたる知見の蓄積が十分にある伝統的な金融政策手法に回帰していくというのが、植田新総裁の基本的な方針なのではないか。

伝統的な金融政策手法とは短期金利操作である。さらに、短期金利の先行きについてのフォワードガイダンス(政策方針)を通じて長期金利にも影響を与え、それで政策効果を発揮していくという、かつての「時間軸効果」が再びモデルとなるのではないか。こうした枠組みで大きな政策効果を発揮することは期待できないが、それは承知の上である。現状で、金融緩和策で大きな経済効果を生み出すことは難しく、無理にそれをやろうとすると、副作用の大きな政策を実施することになってしまう。それが過去10年の異例の金融緩和が残した教訓だ。

微調整(ファインチューニング)という金融政策の本筋に戻る

植田新総裁のもと、日本銀行はいずれマイナス金利を解除するだろうが、当初は-0.1%から0%までのわずかな短期金利引き上げにとどめるのではないか。その後、経済、金融環境が許せば+0.1%などへと金利をさらに引き上げるだろうが、その水準を超えて大幅に引き上げる可能性は低い。植田新総裁は、マイナス金利を解除しても短期金利を低位に維持し、金融緩和を続ける可能性が高いだろう。

さらに、経済・物価、金融市場の動向を睨みながら、短期金利を機動的に0%~+0.1%などわずかなプラスの領域の狭いレンジの中で動かす政策手法を採用し、これに短期金利のフォワードガイダンスを通じて長期金利も変動させるような手法を組み合わせることが予想される。

これが大きな経済効果を生み出すわけではないが、環境変化に応じて政策を微調整(ファインチューニング)するという金融政策の本筋に戻ることになる。他方で、為替など金融市場には相応の影響を与えることができ、それを通じて間接的に経済、物価の安定を支えるという金融政策に求められる責務を果たすこともできるだろう。

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