フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 少子化対策、子ども予算倍増を巡る国会審議と教育国債の妥当性

少子化対策、子ども予算倍増を巡る国会審議と教育国債の妥当性

2023/03/02

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

出生数大幅減少で待ったなしの少子化対策

厚生労働省が2月28日に公表した人口動態統計(速報値)によると、2022年に生まれた子供の数は前年から5.1%減少し79万9,728人と80万人台を割り込んだ。1899年の統計開始以来、出生数が80万人を割り込むのは初めてのことである。

1970年代以来、出生数は減少傾向を辿ってきているが、減少ペースは足元で加速している。その大きなきっかけとなったのは、2020年以降のコロナ問題だ。コロナ問題とそれに伴う経済見通しの悪化から、結婚や出産を先延ばしする人が増えたことが、大幅減の要因と考えられる。

しかし、出生数の大幅減少をコロナ問題による一時的な現象、と片付けることは適切でない。コロナ問題によって日本の少子化問題が増幅された、という側面が強いのではないか。

急速に進む少子化は、経済の潜在力を低下させるとともに、社会保障制度の持続性を揺るがすなどの多くの問題を生じさせる。この点から、政府の少子化対策は待ったなしの状況にある。

岸田首相は「次元の異なる少子化対策」の実施を表明している(コラム「異次元の少子化対策とはいったい何か」、2023年1月11日)。3月末までに具体策を取りまとめ、6月の「骨太の方針」で財源も含めて全体像を示す予定だ。

少子化対策は成長戦略と一体で

少子化対策として与党内で議論の中心となっているのは、児童手当の拡充である。中学生以下に月1万~1万5,000円を支給している現在の児童手当について、所得制限を撤廃することや、対象を高校生まで拡大する案が議論されている。

野党からも所得制限の撤廃を支持する声が高まっているが、年収960万円以上(子ども2人のモデル世帯)の高額所得世帯に新たに児童手当が給付されることから、富裕者層優遇の政策になってしまう、あるいは、高額所得世帯への児童手当給付は、出生率を押し上げる効果が小さい、などの問題点もある(コラム「異次元の少子化対策で児童手当の所得制限撤廃が焦点に」、2023年1月30日)。さらに、撤廃によって必要となる年間1,500億円程度の財源確保の問題も残る。

児童手当の拡充策は、従来型の施策の延長線上にあると言える。それらで果たして出生率が向上するかは不確実だ。婚姻件数の減少も、少子化を加速している要因との指摘も多い。2022年の婚姻件数は51万9,800組で、30年前の3分の2の水準だという。経済面から婚姻の障害となる要因を取り除く取り組みも必要だろう。

先行きの実質賃金への不安が、既婚者の出生率、および婚姻率を押し下げている面があるとすれば、生産性向上、潜在成長率向上を促す成長戦略と少子化対策とを一体で進めることも必要だろう。

少子化は潜在成長率を低下させ、潜在成長率の低下は先行きの経済悪化懸念を通じて、既婚者の出生率、および婚姻率を押し下げ少子化を加速させる、といった悪循環を生じさせてしまう恐れがあるためだ。

子ども予算倍増を巡る混乱

岸田首相は2月27日の衆院予算委員会で、子ども予算倍増を巡る野党の追及を受け、「最初から国内総生産(GDP)比いくらだとか、今の予算と比較してどうかといった数字ありきではない」と声を荒らげた。防衛費増額の議論の時と同様に、少子化対策など子ども関連施策においても、「数字ありき」が好ましくないことは明らかだ。政策効果が大きい具体策、予算規模、財源を一体で決めることが望ましい。

しかし、子ども予算を倍増すると最初に宣言したのは、岸田首相自身である。これは「数字ありき」の姿勢であったと言える。そうなれば、子ども予算倍増の定義、基準などを野党が問いただすのは自然な流れだ。

岸田首相は2月15日の衆院予算委員会で、GDP比2%の約10兆円規模の「家族関係社会支出」を倍増する、と受け取れるような答弁をした。しかし政府はその後、「何を倍増するのかについては調整中だ」として、この発言を軌道修正したのである。こうした答弁が、混乱に拍車をかけてしまった。

倍増の3つの定義と適切な政策決定プロセス

倍増の基準となる数字として考えられるものは3つある。第1は、岸田首相が一度言及した、経済協力開発機構(OECD)基準の「家族関係社会支出」である。これは、2020年度の実績で約10兆円、名目GDP比約2%だった。これを2倍にするのであれば、予算規模は約10兆円増加し、名目GDP比で約4%に達することになる。防衛費の約4兆円増額(2027年度)と比べて、その約2.5倍にも達するのである。その財源を確保するのは、かなり大変なことだ。

第2は、少子化対策関係予算である。その規模は2022年度で約6兆1千億円だ。

第3は、4月に発足する「こども家庭庁」の予算規模である。2023年度予算案には約4兆8千億円が計上されている。

どの予算規模を2倍にするのかが決まっていないということは、そもそも少子化対策、子ども政策の狙いが定まっていないことの現れと言えるだろう。まずは、政策の狙いを定め、それを達成するのに最も有効な施策を考えていく中で、予算規模が決まっていく。ただし、予算増加は、他の歳出削減、歳入増加、国債発行など、いずれも現在あるいは将来の国民の負担となる。その負担に見合って必要な施策であるかを慎重に再検討したうえで、最終的に、具体的な政策、予算規模、財源の3つを一体で決めていくプロセスが必要である。

浮上する教育国債発行の議論

自民党の遠藤総務会長は2月28日の記者会見で、子ども関連予算倍増の財源について、国債を発行する「教育国債」の議論を党内で進めるべき、との考えを示した。教員の待遇改善や学校施設の整備が進んでいないとして、「何らかの形で教育予算を増やさないといけない」と主張し、その財源の選択肢の一つとして教育国債の発行を挙げたのである。

教育国債の創設は、国民民主党が昨年の参院選で公約に掲げている。その後、教育国債法案を国会に提出したが、廃案となった。今年2月には同法案を参院に再提出している。

国民民主党は、子育て支援の充実に必要な財源を確保するため、教育や科学技術に使い道を限定した教育国債の発行を主張している。大塚政務調査会長は、「人材を育てることは未来への投資にほかならず、国債で財源を調達することの整合性は十分にある」と述べている。

公共投資のように将来世代もその便益を得られる歳出については、将来世代もその負担をするように国債発行で財源を賄うことが正当化される。これが、建設国債である。しかし、教育関連支出について、そうした考え方が成り立つかどうかは疑問である。

拡大解釈による国債発行は問題

政府の教育関連支出の便益を直接得ているのは、現在の子供であり、その親たちだ。その観点から、現役世代がその予算を賄うのが適切だろう。教育関連支出が将来の労働生産性向上につながれば、それによる経済環境の改善の恩恵を将来世代が受ける可能性がある。しかし、それは不確実だ。やはり、教育関連支出はその便益を直接受ける現役世代の負担で賄われるのが適当だろう。

現在の政府の政策、支出は、すべて将来の経済、社会の発展につながる可能性を秘めている。だからと言って、それらを将来世代の負担となる国債で賄うのが適切である訳ではない。こうした拡大解釈が進めば、多くの政府の歳出は国債発行で賄うのが適切である、との極端な議論にも発展しかねないのではないか。防衛費増額分の一部については、既に建設国債で賄う方向だ。最終的には、増税による防衛費増額の財源確保の政府方針が撤回され、国債で賄われるようになってしまう可能性もある。

そうした議論とならないように、子ども関連予算倍増の財源については、国債発行以外の財源をしっかりと確保するように努めなければならないだろう。仮に、歳出削減、歳入増加による財源確保は、短期的な経済に悪影響を与えるために難しいということであれば、子ども関連予算の倍増という方針自体を見直すべきだろう。国民も、政策の効果とコストの両面から、子ども関連予算の適切な在り方を真摯に考えていく必要がある。

(参考資料)
「国民 「教育国債」法案を再提出 教育や科学技術に使いみち限定 去年提出も廃案に」、2023年2月17日、NHKニュース
「「教育国債」の創設を 自民総務会長が指摘」、2023年3月1日、産経新聞
「出生80万人割れ 危機的な数字にどう対処する」、2023年3月1日、読売新聞速報ニュース
「「数字ありきでない」 子ども予算で首相強調」、2023年2月28日、東京読売新聞
「衆院予算委:「GDP比2%倍増」修正 子ども予算、首相「整理段階」 衆院予算委集中審議」、2023年2月23日、毎日新聞
「首相、「倍増」の基点曖昧 子ども予算 答弁一転「まだ整理中」」、2023年2月23日、岩手日報朝刊

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn