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ウクライナ侵攻後に中国人民元への依存が一気に進んだロシア経済

2023/03/03

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人民元での輸出決済の割合が大幅上昇

ロシアでは、貿易決済、企業の資金調達、個人の外貨建て資産運用など多くの面で、中国人民元の存在感が高まっている。きっかけとなったのは、ウクライナ侵攻後に先進国が実施した、ロシアに対する経済・金融制裁措置である。ロシアの外貨準備のうち主要国通貨については凍結され、ロシアの主要銀行がドル、ユーロを中心とした国際的な銀行間決済システムSWIFTから排除された。主要な外貨の調達が困難となる中、中国人民元を用いた貿易決済が広がっていったのである。それは、経済関係においてロシアの中国依存度を高める流れと一体であった。

ロシア中央銀行のデータによると、人民元で代金が支払われた輸出の割合は、ウクライナ侵攻以前は、全体のわずか0.4%だったが、昨年9月には14%にまで上昇した。ルーブル建ては33%程度まで上昇したと推測され、逆にドル、ユーロなど主要通貨の割合が大きく低下した。

ロシアの貿易決済で人民元の利用が拡大するのを支えているのは、中国独自の国際的銀行間決済システムCIPSの存在だ。中国は2015年に、ドル、ユーロといった主要通貨での国際銀行間決済をほぼ支配するSWIFTに対抗する目的でCIPSを立ち上げた。

長らくその利用は広がりを欠いていたが、先進国による対ロシア金融制裁をきっかけに、流れが変わってきたのである。CIPSの今年1月の取引件数は、1日平均で2万1,000件と、侵攻前の約1.5倍になったという(日本経済新聞)。対ロシア金融制裁は、人民元の国際化を促し、国際決済における人民元の存在感を高める役割を果たしているのである。

ロシア政府は人民元の売却で戦争継続の資金を捻出

人民元は、戦争継続でひっ迫するロシア政府の財政を支える役割も果たしている。ロシアのエネルギー輸出業者は、人民元で代金を受け取るケースが増えてきている。税金として徴収された後にそれをプールしているロシアの政府系ファンド「国民福祉基金」は昨年末、石油収入を人民元建てで運用する比率を、最大30%から60%に引き上げると発表した。他方で、ドル資産を今後は保有しないとした。

さらに今年1月には、政府の財源ねん出のため、同基金が保有する金約3.6トンや中国の人民元を売却した。同基金からの金の売却は初めてのことだという(コラム「年明け後一気に苦境が強まるロシアの経済・財政環境」、2023年2月15日)。

人民元建て社債の発行を増やすロシア企業

ロシア企業の間でも、人民元による資金調達が広がってきている。昨年は人民元建ての社債の発行額が70億ドル余りに達した(リフィニティブ)。

アルミニウム大手のルサールは、昨年8月にロシア国内で人民元建ての社債発行に踏み切った初の企業となった。その後も、ロシア国営石油大手のロスネフチなど資源関連の輸出業者による起債が続いた。こうした企業の大半は、中国との取引があり、調達した人民元を支払いに充てている。

他方で、人民元を用いた事業を行っていない金融会社ビストロデンギも、昨年、人民元建ての社債の発行を開始した。同社によると、人民元建て社債のクーポンは約8%であり、ルーブル建て社債での発行よりもコストはかなり安いという。ルーブル建てであれば、クーポンはその2倍以上の19%程度になったとしている。ビストロデンギによると、同社の社債の買い手はロシアの個人投資家が大半を占めた。

人民元とルーブルとを交換する取引量が増加し、流動性が高まってきたことが、企業、個人投資家ともに人民元へのアクセスを容易にしている。ウクライナ侵攻前にはゼロに近かったモスクワ取引所における人民元とルーブルの交換は、2022年末には為替の全スポット取引の約半分を占めるようになったという(日本経済新聞)。ルーブルに比べて人民元の信頼性が高いことが、人民元を介した国内での資金の融通を促している面もある。

個人の人民元建て預金も拡大

ロシアの個人も人民元の保有に前向きなっている。50近い金融機関が、現在、人民元建ての預金口座を顧客に提供している(比較サイト「Banki.ru」)。1月には、初の人民元建てETFもモスクワ取引所に上場した。

ロシア中銀によると、ロシアの個人が国内銀行に保有する人民元建て預金は、ウクライナ侵攻前はゼロであったが、昨年末時点では約60億ドル相当に達している。人民元建て預金は、530億ドルに上る個人の外貨建て預金全体の1割以上を占めるまでになっている。背景には、先進国からの金融制裁を受けて、ロシアの銀行がドルやルーブルの調達が困難になったことがある。

人民元建ての預金の利回りは、ルーブル建ての預金の利回りと比べればかなり低めだが、それでもルーブルの価値が大きく下落し、物価が高騰するリスクをヘッジする観点から、ロシアの個人は人民元建ての資産を積極的に持つようになっているのである。

中国にとっては人民元国際化の足掛かりに

このように、ウクライナ侵攻後のロシアでは、貿易決済、財政資金の調達、企業の資金調達、個人の資産運用など多方面で、中国人民元の利用が確実に増えている。これは、経済と金融の双方で、ロシアが中国への依存度を急速に高めていることを意味する。

他方、中国にとっては、ロシアでの人民元利用の拡大は、人民元の利用を新興国に広げていく際の足掛かりとなる。それは、国際金融、通貨におけるドルの覇権に対する中国の挑戦を後押しするものだ。

ロシアと中国は一蓮托生の構図を強めるか

先進国による強い制裁措置のもと、中国への依存を高める以外に、ロシアにとっては経済成長を維持する術はないというのが実情だろう。ただし、経済、通貨の面で中国依存度を高めることは、その分野では中国に次第に支配されていくことを意味する。

また、ロシアがさらに人民元依存を高める中、仮に中国で経済・金融危機が生じ、人民元の価値が急落すれば、ロシアの貿易決済、財政資金の調達、企業の資金調達、個人の資産運用など多方面に深刻な打撃を与えることにもなる。

経済、金融の分野では、ロシアは中国と一蓮托生の構図を強めている、ともいえるだろう。

(参考資料)
"Russia Turns to China's Yuan in Effort to Ditch the Dollar(ロシアに浸透する人民元、制裁で「脱ドル化」加速)", Wall Street Journal, March 1, 2023
「ロシアの危うい人民元依存 ヌリヤ・カプラロウ氏-英オックスフォード・アナリティカ顧問」、2023年2月25日、日本経済新聞電子版
「ロシア「脱ドル・ユーロ」進む 制裁受け決済9割→5割」、2023年2月23日、日本経済新聞電子版

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