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ウクライナ戦争1年でグローバルサウスへの働きかけを強める岸田政権

2023/03/09

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岸田首相はグローバルサウスの盟主を目指すインドを訪問

岸田首相は3月19~21日にインドを訪問し、モディ首相と会談する方向で調整している。5月に広島市で開かれるG7サミット(主要7か国首脳会議)を前に、G20(主要20か国・地域)の議長国を務めるインドと協力関係を深める狙いだ。林外相は、国会審議への対応で今月1、2日にインドで開かれたG20外相会合への参加を見送った。インドはこれを快く思っていないはずであり、首相のインド訪問はその穴埋めの意味もあるのではないか。

インドは世界で存在感を高める「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」の代表国であり、盟主となることを目指している。岸田首相は、ウクライナ戦争を巡り、グローバルサウスからロシアへの対抗について協力を取り付け、国際世論を先進国側に優位にしたいと考えている。

世界の分裂はウクライナ戦争開始1年で一段と強まっているか

ただし、ウクライナ戦争開始から1年経って、国際世論を反ロシアへと向かわせることに先進国は必ずしも成功していない。

昨年11月にインドネシアで開かれたG20サミットでは、共同文書が全会一致で採択された。文書では、「ほとんどの国がウクライナでの戦争を強く非難した」とした上で「制裁には異なる意見があった」と明記され、いわば両論併記の「玉虫色」の内容だった。しかし今回のG20 外相会合では、ロシアはウクライナ侵略に言及しないように強く働きかけ、中国もそれに同調した。ロシアは、先進諸国がウクライナへの武器支援を続けていることへの不満を強めた結果とみられる。この結果、共同声明は採決されなかったのである。

ウクライナを巡る世界の分裂は、戦争開始から1年を経過して一段と強まっているようにも見える。

ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連決議で反対票が増える

ロシアによるウクライナ侵攻から1年となった2月23日に、ロシアの侵攻を非難して撤退を求める国連総会決議が賛成多数で採択された。1年前の2022年3月2日にロシアの侵略を認定した国連決議と同じ数の141か国が、賛成票を投じたのである。

他方、ロシアとともに反対票を投じた国は、1年前の4か国から6か国にむしろ増えている。ロシア寄りの立場をとってきたベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの筋金入りの反米4か国に、新たにマリとニカラグアが加わったのである。

マリでは長らくフランス主導のもと、テロリスト掃討作戦が行われていたが、2020年以降の2回のクーデターを経て、反仏・反欧米政権が生まれた。今やテロ組織掃討で新政権が最も頼りのするのは、ロシアの民家軍事会社ワグネルである。

ニカラグアは、反米主義を掲げている。オルテガ大統領は、憲法の再選禁止規定を変更し、権力の座に留まり続けている。冷戦時代の共産主義者とのつながりから、ロシアとは良好な関係を持っている。

反米意識から中立姿勢に

こうした明確な反米、親ロの立場をとる国ではなく、両国に対してより中立的な立場をとるのが、国連決議を棄権し、あるいは投票をしなかった中国やインドなど32か国である。こうした国々は、ロシアのウクライナ侵攻には批判的でありながらも、先進国による対ロシア制裁にもまた批判的である。日本、米国など先進国は、こうした国々に働きかけて、より先進国寄りに姿勢を転換することを目指している。その主な対象となっているのが、グローバルサウスと呼ばれる国々だ。

ただし、こうした国々の姿勢を変えることは容易ではない。むしろ、この先、親ロシアの姿勢を強めてしまう恐れもある。こうした中には、反米意識を持つ国々も少なくないはずだ。そのため、そうした国々には、日本ではなく米国が直接働きかけて、反米意識の緩和を目指す必要があるのではないか。

民主主義と権威主義の闘いから先進国と新興国との闘いに

さらに、こうした国々には、戦後の先進国主導による国際秩序全体への不満が長年あり、それが、ウクライナ問題をきっかけに噴出したという面もあるのではないか。その場合、G20の場で先進国は、ウクライナ問題だけではなく多様なテーマについて新興国と議論をし、新興国の利害をより反映させるような取り組みをしていく姿勢を示すことが重要ではないか。この点から、林外相がインドで開かれたG20外相会合の参加を見送ったのは問題だろう。

さらに、こうした国々の中には、先進国による対ロシア経済制裁が、エネルギー・食料品価格を押し上げ、自国に経済的な打撃を与えていると考えているところも少なくないだろう。こうした国々の姿勢を変えさせるには、「人権」、「民主主義」という理念ではなく、実利となる経済支援を強化するなどの取り組みが、先進国には必要となるのではないか。この点では、日本にも貢献できる余地があるだろう。

ロシアのウクライナ侵攻は、戦後から続く、先進国主導の世界秩序、米国の世界戦略の課題を浮き彫りにした面があるのではないか。対応を誤れば、民主主義と権威主義の闘いに留まらず、先進国と新興国との闘いの構図に発展してしまいかねない。それを回避できるかどうか、先進国にとって今は正念場である。

(参考資料)
「米欧・中露・議長国インド、三つどもえでG20外相会合せめぎ合い…無念の声明断念」、2023年3月4日、読売新聞速報ニュース
「首相、19~21日インドへ、モディ首相と会談調整」、2023年3月4日、日本経済新聞
「「ロシアの侵略」を非難する国連総会決議に「反対票」を投じた「6つの国」と「中立国」の思惑」、篠田 英朗、2023年3月1日、現代ビジネス

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