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黒田総裁最後の決定会合後の記者会見にサプライズなし

2023/03/10

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会合でも記者会見でもノー・サプライズ

黒田総裁最後となった3月10日の金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決定し、黒田総裁最後のサプライズ決定は起きなかった。さらに、決定会合後の記者会見でも、黒田総裁から従来とは異なる発言は聞かれず、まさにサプライズはなかったと言える。

予想外の積極的な金融緩和の決定を受けて、10年前の初回の記者会見には熱狂した雰囲気があったが、今回の最後の記者会見は淡々と進められ、10年前とは対照的に極めて静かに終焉を迎えた、との印象だ。

10年前の初回の記者会見では、黒田総裁はフリップボードを使って、2年で2%の物価目標達成、マネタリーベース2倍といった「2」を強調する演出を行い、金融政策を一変させる姿勢を強く打ち出した。そうした演出を通じて、企業、家計、金融市場の「期待」を変えようとしたのである。異次緩和を支える重要な要素の一つが、この「期待に働きかける」という点にあったことは疑いがない。

政策の有効性を理論的に示さないと期待は変えられない

しかし、中央銀行が単に「気合」を見せたからと言って、企業、家計、金融市場の期待が変わる訳ではない。金融政策の有効性をその波及経路も含めて論理的に理解して、初めて期待は変わるものだろう。その政策の論理的な説明が、10年前から一貫して欠けていたように思う。

黒田総裁は、2%の物価目標が10年経っても達成できなかったことを「残念」と表現したうえで、その理由として、長いデフレ下で醸成された人々の期待、「ノルム(規範)」を変えるのに思いのほか時間がかかることを挙げている。

しかし、効果がない政策では、期待、ノルムを変えることはそもそもできない。さらに言えば、期待、ノルムが変わるには、生産性上昇率や潜在成長率が高まるといった経済構造の変化が必要だ。金融政策は仮に効果を発揮するとしても基本的には需要面だけであり、経済構造を変えることはできないと考えられる。

10年前と比べて経済は良くなったのか

黒田総裁は、日本経済は10年前と比べて様変わりに良くなった、と自画自賛している。リーマンショックの傷跡が強く残っていた10年前と比べれば、労働市場を中心に改善した面はあるだろう。しかし、それは金融緩和の効果とは言えないのではないか。戦後最長となった世界経済の回復の恩恵も大きかっただろう。

また黒田総裁は、金融緩和の効果を受けた労働需給のひっ迫が、今後は持続的な賃金と物価の上昇を生む、との見通しを示している。その中で、期待、ノルムも変わっていくとした。しかし、人手不足状態のもとでも賃金が上昇しない状況が、突然変わるだろうか。労働生産性上昇率が高まり、それに合わせて実質賃金上昇率が高まるといった経済構造への変化が生じる下で、初めて名目賃金、物価も相乗的に高まることになるのではないか。

政府の政策と金融政策の最適な組み合わせを模索、確立すべき

過去10年間、労働生産性上昇率、潜在成長率は低下傾向が続いてきたことは確かであり、そのもとで、実質賃金上昇率は趨勢的に低下し、先行き生活環境が良くなるとの人々の期待も低下してきた。こうした流れを政策対応の面から変えることができるのは、政府の成長戦略だ。金利の変化を通じて現在と将来の需要の配分を変えることを基本的な機能とする金融政策は、この点では役に立たない。

4月に就任する植田新総裁には、個々の政策の効果と副作用の分析、比較考量に基づいて、副作用軽減のための金融緩和の枠組みの見直しを進めていって欲しい。ただしそれに留まらず、経済政策における金融政策の機能、その効果と限界を再度整理することが期待される。

さらにそれを踏まえて、政府との協議を通じて、政府の各種政策と金融政策の最適な組み合わせを新たに模索、確立して欲しい。

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