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近づく春闘集中回答日:高い賃上げは1年限り。構造的賃上げ策が重要に

2023/03/14

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ベースアップ率上振れも物価上昇率に遠く及ばない

2023年の大企業の春闘が、いよいよ大詰めを迎え、3月15日の集中回答日が近づいてきた。ベースアップ率は1%を超え、1997年の1.14%あるいは1996年の1.25%以来、四半世紀ぶりの高水準に達するとみられる。定期昇給分を含めると賃上げ率は3%台に乗せる可能性も出てきた。

ただし、企業の人件費全体の増加に対応し、個人消費を左右する賃上げ率は、定期昇給分を除いたベースアップ率の部分である。これについては、1月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比+4.2%と比べれば著しく低い水準となろう。物価上昇率を上回る賃金上昇率は、容易には達成できないのである。

物価上昇率が低下する局面でもマイナスにできない、という強い下方硬直性がベアにはある。そこで企業は、物価が上昇する局面でも、物価上昇率よりも低いベースアップ率に留める傾向が強い。そのため、物価と賃金が相乗的に高まっていくことは、容易には起こらないと考えられる(コラム「賃下げできないから大幅な賃上げはできない:賃金の下方硬直性が物価・賃金の相乗的上昇の妨げに」、2023年3月1日)。

実質賃金の上昇が重要

今年の賃金上昇率の上振れは、企業の行動が構造的に変わったためではなく、物価上昇率が40年ぶりの高水準となったことを反映した側面が強い。今年後半から物価上昇率の前年比は低下傾向を鮮明にし、来年1月時点では前年比+2%台前半になると予想する。その結果、来年の春闘でのベースアップ率は0%台半ば程度まで、再び鈍化するだろう。

労働需給は比較的ひっ迫しているが、人手不足で賃金が上がりやすいのは、非正規労働者が中心だ。ただし、それが賃金全体に与える影響は必ずしも大きくない。

賃金と物価が相乗的に高まっていく、いわゆる好循環が生じるには、実質賃金上昇率が高まっていくことが必要であり、それには労働生産性上昇率が高まることが必要だ。そもそも、賃金と物価が同じ幅で高まるだけでは、経済活動にはほとんど影響がないだろう。国民が生活の改善を実感でき、実質GDPが高まるためには、実質賃金の上昇が必要となる。

日本銀行も早期の2%の物価目標達成を想定していない

黒田日本銀行総裁、植田次期総裁ともに、現在の物価高騰は、エネルギー・食料品価格の上昇、円安進行といった外部要因による一時的な側面が強い、と考えている。現時点で賃金と物価の好循環が生じて、2%の物価目標が早期に達成することは、日本銀行は想定していない。

日本銀行は、2%の物価目標の達成後に金融緩和の枠組みの見直し、いわば金融政策の正常化を進めるのではなく、2%の物価目標を中長期の目標にするなど柔軟化したうえで、見直しを進めていくことになるだろう(コラム「春闘と金融政策の正常化:賃金と物価の好循環は期待薄」、2023年1月17日)。

「三位一体の労働市場改革」を通じた「構造的賃上げ」の実現に期待

将来的に、実質賃金上昇率の高まりを生じさせるために、政策面で期待したいのが、持続的に賃金が高まる環境を整える「構造的賃上げ」への取り組みだ。それを実現する具体策が、「三位一体の労働市場改革」である。

リスキリングによる能力向上支援、日本型の職務給の確立、成長分野への円滑な労働移動を進めるというのが、この三位一体の労働市場改革だ。

仮にリスキリングを通じて労働者のスキルが向上しても、労働者が同じ企業に留まっている限り、それが産業構造の高度化などを通じて経済全体の生産性向上をもたらす効果は限られるだろう。そこで、リスキリングと同時に、労働移動を高めることが必要となる。さらに、転職を促すには、市場価値を反映した労働者の給与設定が必要となるだろう。それには、日本型職務給(ジョブ型)制度の確立が必要となる。まさに三位一体で労働市場改革を進めることが有効となるのである。

政府は、リスキリングを通じて、特に労働者のITスキルの向上を図るとともに、その労働者をIT関連分野・職種などへの転職を促すことで、産業構造高度化と生産性向上、並びに賃金引上げを図る考えである。

そうした施策をより有効にするには、新卒一括採用、年功序列型給与体系などの日本型慣行を大幅に見直していく必要がある。それには、制度の変更のみならず、企業と労働者の意識改革も欠かせない。ただし、その実現にはかなりの時間を要するだろう。

「構造的賃上げは一日にして成らず」であるが、岸田政権は日本型慣行の見直しを粘り強く促しつつ、三位一体の労働市場改革を強く推進していって欲しい。それが奏功すれば、実質賃金上昇率は高まっていくことになる。

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