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クレディ・スイスの買収でAT1債市場は混乱:銀行の資本確保にも障害

2023/03/22

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クレディ・スイスの買収で世界のAT1債市場は混乱に陥る

前稿(コラム「UBSのクレディ・スイス買収劇が残した4つの課題」、2023年3月22日)で指摘したように、UBSによるクレディ・スイスの買収交渉の過程で、クレディ・スイスが発行した160億スイスフラン規模のAT1債(その他Tier1債)を無価値とする処理が決まったことは、世界のAT1債市場を混乱に陥れ、投資家と銀行の双方に強い逆風を生み出した。

スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)が19日に、クレディ・スイスのAT1債が無価値になる、と公表したことを受け、ブルームバーグによると、欧州のAT1債指数の利回りは20日に一時平均15.4%まで急上昇した。2月初めの段階では7%だったという。そして、大半の欧州金融機関ではAT1債が記録的安値になったという。ドイツ銀行のクーポン4%台のAT1債の利回りは、20日には15%まで上昇、BNPパリバやINGグループのAT1債の利回りも2桁に達したという。

米国の大手運用会社に大きな損失

米国の大手運用会社は、軒並みクレディ・スイスのAT1債を多く保有しており、既に相応規模の損失が生じている模様だ。ブルームバーグは、米ピムコ(PIMCO)はクレディ・スイスのAT1債の最大保有者であり、その規模は約8億700万ドル(約1,060億円)相当、と報じている。同じくブルームバーグによれば、インベスコはクレディ・スイスのAT1債を約3億7,000万ドル相当保有、ブラックロックは2月末時点で同債券を約1億1,300万ドル相当保有していたという。

日本では、大手運用会社各社が、設定・運用する公募ファンドなどに組み入れているクレディ・スイスのAT1債の保有状況を開示している。各投信のうち最も高い保有比率は、アセットマネジメントOneで0.916%、野村アセットマネジメントで0.79%、三井住友トラスト・アセットマネジメントで0.502%、三井住友DSアセットマネジメントで0.002%である。

AT1債は、株式に転換され、また元本が削減される恐れがあることから、そのリスクに見合った高めの利回りとなっている。他方、それを発行する大手銀行が経営不安に陥らない限り、そうしたリスクは顕在化しないことから、低金利環境下で高い利回りを獲得できる商品として、投資家が積極的に購入してきた。

しかし、今やその利回りは2桁にまで達し、一気にリスクの高い投資対象となってしまった。それは投資家に損失を生じさせ、リスク回避傾向を強めることを通じて、金融市場全体の安定を損ねている。

UBSが最もAT1債に依存した自己資本構成

一方でAT1債市場の混乱は、発行体である銀行にも強い逆風となっている。AT1債市場が混乱することで、銀行はAT1債の発行を通じた資金調達をしばらく見合わせる必要が出てきたのである。また、従来よりも高い利回りが定着してしまえば、AT1発行による銀行の利払い負担も高まる。

AT1債は高めの利回りであることが、投資家にとっての魅力であったが、発行する銀行にとっては、それは自己資本(Tier1)に組み入れることができることで、規制上の自己資本比率基準を達成することを助けてきた。

しかし、発行環境やコスト面から、この先AT1債の発行の減額を強いられる場合には、株式発行などを通じて資本の増強を図ることを余儀なくされる可能性が出てくる。新規の株式発行の場合には、従来のAT1債による資本増強と比べて銀行のコスト負担が高まる可能性が出てくる。また、希薄化によって株価に悪影響が生じる可能性もあるだろう。

ブルームバーグの試算によると、CET1(普通株等Tier1)に対するAT1債の比率は、欧州16大銀行の平均は約16%だ。そのうち最大なのは、クレディ・スイスを買収するUBSの約28%だと言う。混乱に陥ったAT1債に最も依存した自己資本構成となっており、今後、自己資本の確保で最も困難に直面しやすいのが、買収の当事者であるUBSなのである。

銀行のソルベンシーリスクを高めることにも

注目すべきは、ブルームバーグの集計データによると、欧州でのAT1債の発行総額2,580億ドル(クレディ・スイスのAT1債を除く)のうち、200億ドル余り、つまり8%程度が、年内にファーストコール日を迎える。ファーストコール日とは、期限前償還条件付きの劣後債などで、発行体が満期前に繰り上げ償還できる期間のうち、最も早い日付けのことを言う。期限前償還条件付きの債券については、ファーストコール日に償還されることが慣例となっていることから、それが事実上のAT1債の満期日となる。

この時点で、新たなAT1債の発行で借り換えできるとしても、利払いの負担が従来よりも高く、銀行の負担を高める可能性が考えられる。また、AT1債市場の混乱から追加発行が難しい場合には、新規の株式発行を実施することを強いられ、それは希薄化から株価の下落を招く可能性がある。

仮に、新たなAT1債の発行も株式の発行も難しい場合には、自己資本が減少、自己資本比率が低下して、金融市場では、銀行の支払い能力、負債弁済能力が低下したとみなされる。いわゆるソルベンシーリスクが高まることになる。それは、当該銀行の株式や社債の価格に打撃となるだろう。

高くついたクレディ・スイスの買収

このように、UBSによるクレディ・スイスの買収でクレディ・スイスのAT1債を無価値とする処理がなされ、同市場が混乱したことは、投資家に損失をもたらすとともに、銀行の自己資本確保にも強い逆風となる。そして、銀行の株式、社債の価格下落リスクを高めて、金融市場の不安定性を増幅することになるだろう。

AT1債を無価値とする処理が引き起こす金融システム、金融市場への打撃は大きく、非常に高くつく買収スキームになったと言えるのではないか。

(参考資料)
"Like Several Rate Hikes in One Day': What's Next After AT1 Rout", Bloomberg, March 22, 2023
"UBS Most Reliant on AT1 Bonds Wiped Out in Credit Suisse Deal", Bloomberg, March 22, 2023
"Pimco and BlueBay Funds Slump on Credit Suisse Debt Writedown", Bloomberg, March 21, 2023
「ピムコとインベスコが損失に直面、クレディSのAT1債無価値で」、2023年3月21日、ブルームバーグ

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