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異次元の少子化対策には過去の政策の検証と費用対効果の分析が必要:財源議論先送りで防衛費増額と同様の混乱も

2023/03/27

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従来型の対策の延長線では「異次元の少子化対策」とは言えない

政府は3月末に少子化対策をまとめる方向であるが、そのたたき台が明らかになってきた。児童手当の支給年齢の18歳までの引き上げ、所得制限の撤廃、多子世帯への加算、が最大の柱となる。それ以外に、保育士の配置基準の見直し、出産費用の将来的な公的健康保険適用の検討、育休給付などが盛り込まれる方向だ。

岸田首相は年初に「異次元の少子化対策」を掲げたが、その当時から政府内、あるいは与党内で議論されていた内容がそのままこのたたき台に並びそうだ。この3か月ばかりの間に、少子化対策を巡る議論は深まっていない。

児童手当の拡充を柱とするこれらの少子化対策は、従来型の対策の延長線との印象が強い。今までとられてきた対策は、出生率の引き上げなどに十分な効果を上げていないように見える。過去の政策の効果を慎重に検証、分析したうえで、費用対効果に配慮して新たな政策を検討すべきであるが、実際にはそれらが十分になされていないように思われる。

いずれにせよ、従来型の対策の延長線では、「異次元の少子化対策」あるいは「次元の異なる少子化対策」とは胸を張って言えないだろう(コラム「異次元の少子化対策とはいったい何か」、2023年1月11日)。

給付増加よりも女性の子育てと仕事の両立を助ける社会に

子育ての負担が女性に偏っており、女性にとって引き続き子育てと仕事の両立が難しいことや、産休、育休がキャリアの障害になることなどが、出生率の上昇を阻んでいる面があるだろう。

育休の取得率は女性が8割超であるのに対して男性は14%程度と低く、しかも取得期間の多くが2週間未満と短い。女性の子育て負担を軽減する配偶者の意識をさらに高めていくこと、出産し子育てする女性に対して、企業内でのキャリアに配慮するような企業の意識の変革も必要だろう。

いずれにせよ、給付を増額するといった単純な経済的支援だけでは、深刻な少子化の問題は解決しないのではないか。

一方、少子化対策と成長戦略と一体で進め、出生率の向上と潜在成長率の向上の好循環を生み出すことを目指すのも重要だろう(コラム「異次元の少子化対策とはいったい何か」、2023年1月11日)。

費用対効果に十分に配慮すべき

児童手当の支給年齢の引き上げ(18歳まで)、所得制限の撤廃、多子世帯への加算は、それぞれ子どもを持つことのインセティブを高める方向に働くだろうが、その効果がコストに見合ったものになるかについて十分に検討すべきだ。

そもそも、所得制限の撤廃は適切ではないように思われる。高額所得世帯が新たに児童手当を受け取っても、それが子どもを持つことのインセティブを高める効果は低いためだ(コラム「異次元の少子化対策で児童手当の所得制限撤廃が焦点に」、2023年1月30日)。

共同通信が報じたところによると、政府は、1)多子世帯について第2子以降の増額、2)支給対象年齢を高校生までに引き上げ、3)所得制限を撤廃し、すべての子どもを支給対象とする、などを検討しており、それぞれのケースで新たに必要となる予算の試算をしている。

それによると、1)のケースについては、自民党内に第2子を3万円、第3子を6万円とする案などがある。これが適用されれば、新たに最大で3兆円が必要となる。また2)については約4,000億円、3)の所得制限撤廃については約1,500億円が必要と試算される。児童手当の予算は、2022年度の約2.0兆円から5.8兆円へと一気に3倍近くにまで膨れ上がるとみられる。

財源確保のコストと政策効果のバランスを十分に考えて、少子化対策の具体策の議論を進めていく必要がある。

 

財源議論先送りで昨年の防衛費増額の二の舞となる可能性も

3月末に政府は具体的な少子化対策をまとめる方向であるが、個々の政策や全体の予算規模は示さない方向だ。それらは、6月の骨太の方針を視野に入れて、4月以降に議論する。昨年の防衛費増額では、規模を先に決めたうえで、後に具体的な内容と財源の議論を行った。最終的には政府が示した財源案が与党内で紛糾してしまい、現時点でもなお最終決着に至っていない。

政府は子ども支援策の予算規模を2倍にすると規模を先に示したが、ベースとなる子ども支援予算の定義を曖昧にすることで、事実上、規模について自由度を維持している。

内容と予算規模と財源の3者が最適な組み合わせとなるように、それらを同時決定をすることが適切だろう。防衛費増額の財源については、政府が一部を増税で賄う方針を決めたことに、自民党内から強い反発が噴き出した。増税が経済や国民生活に与える打撃を懸念するからである。

大規模な子育て予算の増加の財源確保が経済に大きな打撃を与えるのであれば、予算規模の縮小を検討すべきである。また、国債発行で賄うとしても、将来世代を含めた国民の負担である点では増税などの増収策と変わらない点も、理解されるべきだろう。

児童手当の拡充は与野党ともに賛成が得られやすいが、財源の議論になると途端に意見の対立が強まり、合意が難しくなる。6月の骨太の方針でも、財源については明確に示されず、政府はその議論を先送りする可能性もあるだろう。そして、年末の翌年度税制改正を議論する中で、税制改正を通じた財源確保の具体策が政府から突然示され、与党内での議論が大きく紛糾するといった、昨年の防衛費増額の議論の二の舞となる可能性があるのではないか。

(参考資料)
「児童手当の所得制限撤廃、明記へ 政府の対策たたき台 開始時期・金額は示さず」、2023年3月25日、朝日新聞
「少子化対策 共働き世帯が育児と両立…求められる支援拡充」、2023年3月25日、産経新聞

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