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銀行不安が高める世界経済の後退確率と世界銀行が指摘する『失われた10年』のリスク

2023/03/28

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銀行不安の高まりを受けて貸出抑制傾向が強まる

米銀2行の突然の破綻で強まった世界的な銀行不安は、ひとまず落ち着きを取り戻しつつあるように見える。一時は大幅に下落した主要市場の株価も、緩やかに持ち直してきている。

しかし、金融市場は銀行不安が高まる以前の状態に戻った訳ではない。例えば米国の2年国債利回りは、5%超の水準から4%割れの水準まで一気に下落し、現在でも4%程度の水準にある。銀行不安に配慮して米連邦準備制度理事会(FRB)が先行きの金融政策を修正し、年内にも利下げに転じることを前提として、金融市場はなんとか落ち着きを取り戻しつつあるのが現状だ。

しかし、FRBは物価高に対する強い警戒を維持しており、年内の利下げ実施の可能性を明確に否定している。金融市場の安定は、なお弱い地盤の上で成り立っているのである。

今後注視しておかなくてはならないのは、欧米での銀行不安が銀行の貸出抑制姿勢などを通じて実体経済に与える悪影響だ。米国では中小銀行の預金流出が、歴史的な規模にまで達した(コラム「米国の中小銀行は歴史的な預金流出に直面:綱渡りの経営と揺らいだ銀行システムの信頼」、2023年3月27日)。これを受けて中小銀行は、次の銀行不安の高まりに備え、自己資本と手元流動性を増強して、顧客や金融市場に対して経営の健全性をアピールする必要がある。

その過程では、自己資本比率の引き上げを目指して、リスクアセットである貸出債権やリスク性の高い有価証券を削減して、現預金比率を高める必要が出てくる。その結果生じる信用収縮が、実体経済に打撃を与えるだろう。

FRBのデータによると、大手銀行25行よりも規模が小さい中小銀行による融資は、融資残高全体の約38%、商業用不動産ローンでは67%を占めている。中小銀行の貸出姿勢が経済に与える影響は大きい。

各行の経営安定化の取り組みが第2の銀行不安のリスクを高める「合成の誤謬」

欧州でも銀行が発行する永久劣後債の一種であるAT1債の利回りが、クレディ・スイスの買収決定以降急上昇しており、大手銀行は、AT1債の発行を通じた自己資本増強が難しくなってきた(コラム「クレディ・スイスの買収でAT1債市場は混乱:銀行の資本確保にも障害」、2023年3月22日)。そのため、貸出債権やリスク性の高い有価証券を削減して自己資本比率を高める取り組みを、今後強める可能性がある。その際には実体経済に悪影響が及ぶだろう。

銀行が経営の安定性と信頼性を高めるために、貸出の抑制姿勢を強めると、それが企業や家計の資金調達を制約して経済を減速させる。その結果、銀行の貸出債権の劣化が進み、銀行の不良債権増加が収益を圧迫して、自己資本比率が低下するのである。

このように、経営の安定性、信頼性の回復を目指す銀行の取り組みが、「合成の誤謬」のような形で、むしろ銀行の経営を圧迫してしまう恐れがある。この場合、銀行は第2の銀行不安を自ら手繰り寄せてしまうのである。こうしたリスクが年内にも顕在化する可能性が、米国、欧州を中心にあるのではないか。

向こう10年は世界経済にとって「失われた10年」になると世界銀行は警告

ところで、今回の銀行不安を受けて、先行きの世界経済の見通しは一段と厳しくなってきた。今年年初には、中国でのゼロコロナ政策の撤回、欧州での暖冬、米国のインフレ率低下などを受けて、世界経済の先行きに一時は楽観論が広がった。しかし、今回の銀行不安によって、再び悲観的な見方が強まってきている。

さらに、銀行や投資家がリスク回避姿勢を強めれば、それは短期に留まらず、中長期的にも成長率が抑制されるきっかけとなる可能性もある。

世界銀行は3月27日に世界経済の長期見通しを発表した。そこで、2022年~2030年の世界経済の潜在成長率は+2.2%と予想された。これは、2011年~2021年の+2.6%を0.4%ポイント下回るものであり、2000年~2010年の+3.5%の約3分の2まで低下する。コロナ問題、ウクライナ問題といった度重なる逆風のもと、生産性、投資、労働人口、貿易の伸びがいずれも鈍化することが背景にある、と世界銀行は説明している。

さらに世界銀行は、金融危機が起き、それが世界的な景気後退の引き金となる場合には、成長鈍化の傾向は一層顕著となり得る、と指摘している。

欧米中央銀行のインフレ警戒の強さが潜在成長率の下振れリスクに

他方で、各国政府が持続的で成長重視の政策を打ち出し、労働意欲の向上、生産性向上、投資促進に成功すれば、2022年~2030年の世界経済の潜在成長率は+0.7%ポイント高まるとした。それができない場合には、世界経済の潜在成長率は30年ぶりの低水準となり、向こう10年は世界経済にとって「失われた10年」になると、世界銀行は警告している。

当面、各国が注力すべきなのは、深刻な金融危機を起こさないことだ。欧米を中心に、中央銀行がインフレリスクを警戒するあまり、景気の大幅な悪化や銀行不安、金融市場の不安定化を見過ごすことになれば、「失われた10年」はより深刻な「失われた10年」となってしまうだろう。

低下傾向を辿る世界の潜在成長率を反転させるには、各国政府による持続的で成長重視の政策に大いに期待したいが、さらなる潜在成長率の下振れを食い止めるためには、中央銀行による適切な金融政策運営によるところが大きいのではないか。

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