植田新日銀総裁の就任が近づきYCC修正の可能性を再び織り込み始める債券市場
10年国債利回りは再びYCC変動幅の上限に近づく
植田新日銀総裁が最初に着手するのは、イールドカーブ・コントロール(YCC)の修正と考えられる。実施の時期は最短で6月の金融政策決定会合と現時点で筆者は考えている(コラム「植田日銀はいつYCCの修正に踏み切るか」、2023年4月5日、「植田日銀新総裁、就任記者会見の注目点」、2023年4月6日)。ただしその時期は、金融市場の状況に大きく左右されるだろう。
足元では10年国債利回りの上昇が目立っている。銀行不安の高まりを受けて3月中旬には一時0.1%台にまで下落した利回りは、4月5日には0.48%と、銀行不安前の0.5%近くまで上昇してきた。
日本の10年国債利回りに通常大きな影響を与える米国10年国債利回りは、銀行不安を受けて4.0%台から3.2%台まで低下し、現状でもその水準に留まっている。つまり、日本の10年国債利回りが足元で上昇しているのは、米国10年国債利回りの上昇など海外要因ではなく国内要因だ。さらに言えば、植田新日銀総裁の就任が4月10日に近づく中、早期にYCCの変動幅再拡大や撤廃などが実施され、利回り水準が切り上がるとの観測が強まってきたことの反映である。
足元での10年利回り上昇はYCC修正の時期に概ね中立的か
10年国債利回りが再び変動幅の上限である+0.5%に近づいてきたことは、日本銀行にとっては、変動幅再拡大や変動幅撤廃などのYCCの修正を躊躇させる要因となる。YCC修正によって長期利回りが大きく上昇すれば、金融機関が保有する国債に含み損を生じさせ、金融機関の経営に打撃となる。また、円高を生じさせて経済にも打撃となる。
他方、10年国債利回りが再び変動幅の上限である+0.5%に近づいてくれば、日本銀行は再び長期国債を大量に買い入れて、利回りの上昇を抑えることを強いられる可能性が生じる。それは、日本銀行のバランスシートをいたずらに肥大化させる一方、国債市場の流動性を低下させ、潜在的なボラティリティを高めてしまうという弊害を生む。この観点からは、利回り上昇は日本銀行が早期にYCCを修正するインセンティブを高める。こうした2つの要因が拮抗するため、足元での利回り上昇は、日本銀行のYCC修正の時期に対して概ね中立的と考える。
YCCの修正は最短で6月の会合か
ただし、この先内外経済、金融市場が悪化する場合に備えて、日本銀行はYCCの柔軟化措置によって長期利回りが上下双方に柔軟に動きやすくしておくことを検討するのではないか。日本銀行には追加緩和の手段が乏しいことから、経済、金融面のショックを、市場が主導する長期利回りの低下によって吸収することを狙うのではないか。この面からも、日本銀行は比較的早期にYCCの修正に着手するだろう。
しかし一方で、銀行不安の影響で金融市場はなお不安定であることや、初回の会合でいきなり政策修正を行うと、立て続けに政策が修正されていくとの金融市場の観測を高め、金融市場の混乱を促してしまう恐れがある。
そのため、日本銀行は、4月の決定会合では政策変更を見送り、最短で6月の会合で変動幅再拡大や変動幅撤廃などのYCCの修正を実施すると見ておきたい。
スワップレートが示唆する10年利回りの落ち着きどころは0.6%~0.7%程度か
10年国債のスワップレート(OIS)も足元で上昇しているが、現物の10年国債利回りほど急速に上昇している訳ではない。3月には一時0.5%を割り込んだのち、足元では0.65%程度となっている。現物の10年国債利回りは、日本銀行の国債買い入れ策などを通じた政策効果、内外投資家の投機的な取引を含む需給要因の影響を強く受ける一方、10年国債のスワップレート(OIS)はそうした需給要因の影響を受けにくく、短期政策金利(翌日物)の将来の見通しを反映して決まる側面が強いものと考えられる。
そのため、日本銀行がYCCの変動幅を再拡大する、あるいは変動幅を撤廃した後に、日本銀行が指値オペや臨時国債買いオペなどで10年国債利回りに大きな影響を与えなくなれば、さらに市場の投機的な動きが封じ込まれれば、10年国債利回りの落ち着きどころのめどは、10年国債のOISの0.6%~0.7%程度になることが見込まれる。
それであれば、YCCを修正しても現状の0.5%からの上昇幅は比較的限られ、金融市場や経済への打撃を抑えつつ、副作用を生む国債買い入れを抑えることができる。いいことづくめである。
マイナス金利解除への観測を高めずにYCC修正を行うことが重要
問題は、YCCを修正する際に、マイナス金利解除の時期が早まるとの市場の観測を強めてしまう可能性があることだ。その場合には、10年国債利回りはさらに大きく上昇し、金融市場や経済に打撃となってしまう。
そうしたリスクを抑えるためには、6月にも実施が予想されるYCCの修正では、マイナス金利解除を含む金融緩和の枠組みの本格的な見直しとは異なる施策で、柔軟化策の一環であることを、金融市場に納得させることが重要となるだろう。
金融市場の期待を巧みにコントロールする、植田新総裁のコミュニケーション力が、就任早々に試されることになるのではないか。
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