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クレディ・スイスAT1債無価値化で崩れた神話の衝撃はなお続く

2023/04/14

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AT1債無価値化で崩れた神話

3月にスイス金融大手のクレディ・スイスがライバルのUBSに買収される際、170億ドル(約2兆2,600億円)相当のクレディ・スイスのAT1債(その他AT1債)が無価値化されたことは、世界の投資家、金融市場に大きな衝撃を与えた。

大手金融機関が発行するAT1債は、普通社債よりも金利が高い一方でリスクは低い安全商品と考えられ、低金利環境下で積極的に購入されてきた。クレディ・スイスのAT1債無価値化によってそうした神話が崩れたため、AT1債の金利は一気に跳ね上がり、プレミアムが乗ってしまったのである。

さらに、クレディ・スイスの買収では、同社の株式は無価値とならない中で、AT1債が無価値になるという異例の決定が行われた。株式と債券の弁済順位が逆転するという意味で大きなサプライズであり、これについても、弁済順位は必ず守られるという神話が崩れたと言えるのではないか。

AT1債の無価値化(全額減損)を最終的に決定したのはスイスの規制当局だが、欧州中央銀行(ECB)や香港金融当局などその他の諸外国の当局は、弁済順位でAT1債の投資家は株主よりも優先されることを改めて説明し、火消しに回った。

クレディ・スイスのAT1債無価値化による損失は、米国の大手運用会社を中心に発生したとみられるが、AT1債全体の価格下落によって、AT1債保有者やそれを組み込んだ投信の保有者など、かなり広範囲に世界の投資家に損失を生じさせたのである(コラム「クレディ・スイスの買収でAT1債市場は混乱:銀行の資本確保にも障害」、2023年3月22日)。

アジアのプライベートバンク顧客に不信感

アジアの富裕者層も、欧米の金融機関を通じてクレディ・スイスのAT1債を積極的に購入していたようだ。クレディ・スイスやUBSについても、アジアのプライベートバンク顧客に対して、クレディ・スイスのAT1債を積極的に販売していたとされる。ちなみに、欧米地域のプライベートバンク顧客に対しては、金融機関は個別の証券を強く推奨することはあまりないという。アジア特有だったのかもしれない。

そうしたアジアの顧客は、クレディ・スイスのAT1債無価値化で、巨額の損失を負ってしまった。安全で高利回りの商品との説明で、リスクについて十分な説明がなかった、と不満を抱えるアジアの顧客も少なくないようだ。その結果、アジアのプライベートバンクの顧客の中には、クレディ・スイスやUBSに対して不信感を強めた者も少なくないだろう。

このことは、クレディ・スイス買収後のビジネス展開を考えるUBSにとっては頭の痛い問題となる。クレディ・スイスの中でプライベートバンクが最も有望な部門であると考えられていたためだ。少なくともアジアではAT1債を巡る顧客の不満が、クレディ・スイスから買収したプライベートバンク部門を成長させていくことに、一定程度の障害となる可能性がある。

邦銀の発行再開がAT1債市場の回復のきっかけとなるか

クレディ・スイスのAT1債(その他AT1債)無価値化によって、世界のAT1債は大きな打撃を受け、新規発行がしばらくは難しいと考える向きが多かったとみられる。しかし、そうした中で果敢に新規発行を目指すのが、三井住友フィナンシャルグループ(FG)である。

三井住友FGは、4月19日にAT1債の起債を予定している。3月末から水面下で投資家のニーズを探っており、さらに4月13日から本格的な投資家の需要調査に入った。ブルームバーグのデータによると、G-SIBs(国際金融システムで重要な金融機関)によるAT1債の発行は、3月上旬の英バークレイズが最後だった。三井住友FGがAT1債の発行を行えば、クレディ・スイス買収決定後、大手銀行による初めての事例となる。

三井住友FGは、今回の起債は2023年度からバーゼル3最終化の段階適用を始める中で、CET1比率が徐々に低下していくことに対応する措置と説明している。

他方、三菱UFJフィナンシャル・グループは、当初4月下旬にAT1債の発行を予定していたが、クレディ・スイス買収決定後のAT1債市場の混乱を受けて、発行延期を決めた。しかし、現状では、5月中旬以降に再度発行を検討している模様である。

AT1債は、安全で利回りの良い商品との神話は崩れたが、銀行にとっては比較的低いコストで資本増強ができる魅力的なツールである。日本の大手銀行によるAT1債発行が、世界のAT1債市場が回復するきっかけを与えることになるか、注視したい。

(参考資料)
"Credit Suisse's Risky-Bond Wipeout Hurts Asia's Rich(クレディAT1債全額減損、アジア富裕層が犠牲に)", Wall Street Journal, April 12, 2023
「三井住友FGがAT1債発行へ需要調査、クレディS後に動き本格化」、2023年4月13日、ブルームバーグ

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