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植田日銀の金融政策修正と財政ファイナンス

2023/04/26

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「財政ファイナンス」に近い状況に

日本銀行が大量に国債を買い入れているのは、物価目標の達成を目指す金融政策の一環であり、国債の円滑な消化や金利上昇による財政悪化リスクを軽減することを目指す「財政ファイナンス」ではない、と黒田前総裁も植田現総裁も揃って強調している。

ただし、発行直後の新発国債を日本銀行が大量に買い入れ、国債発行残高に占める日本銀行の保有比率が50%を超え、また、政府が日本銀行の国債買い入れを事実上の前提に国債発行を拡大させている現状は、「財政ファイナンス」に近いと言えるだろう。

いくら日本銀行が「財政ファイナンスではない」と主張しても、政府が、日本銀行の国債買い入れを前提に国債発行を拡大させ、金融市場が「財政ファイナンス」に近いと考えれば、「財政ファイナンス」と同様の弊害を経済、金融市場に生じさせてしまうだろう。

財政健全化の取り組みが十分でなくても日本銀行は利上げを行うことができる

「財政ファイナンスではない」との主張が正しいことを証明できるのは、日本銀行が金融政策の正常化を行い、長短金利の引き上げや国債買い入れの残高を削減した時である。つまり実際の行動で示した時だ。

しかし、そうした正常化策によって金利が上昇すれば、政府の利払い費が増加し財政環境を一段と悪化させてしまう、あるいは財政危機の引き金を引いてしまうことから、「日本銀行は簡単に、金融政策の正常化に踏み切れないのではないか」との見方も根強くある。

植田総裁が答弁を行った26日の衆院財政金融委員会でも、「利払い費が増加することになっても利上げは実施できるのか」との質問が議員から出た。これに対して植田総裁は、「国債の利払い費への配慮から必要な政策の遂行が妨げられることはない」と説明している。

現在の財政環境は極めて悪化した状態にある。その改善を目指す財政健全化の取り組みは、経済、金融の安定の観点からも必要なことである。しかし、仮に政府によるそうした財政健全化の取り組みが十分になされない状況であっても、日本銀行は金利引き上げを含む金融政策の正常化を実施することはできる。

長期金利が上昇しても向こう3年の利払い費増加は1.1兆円程度か

そもそも、日本銀行の金融政策の正常化によって、財政環境を追加的に著しく悪化させるほどの金利上昇は生じない、と考えられる。過去10年にわたる異例の金融緩和の効果によって引き下げられた金利の幅は、比較的小さいだろう。現在の低金利環境は、日本銀行の金融政策の影響よりも、日本経済の潜在力が低いことに根差している側面が大きいと考えられる。

筆者の試算によると、10年国債金利の均衡水準は0.8%程度と、異例の金融緩和が開始された10年前のほぼ同水準である。従って、日本銀行がマイナス金利の解除やイールドカーブ・コントロール(YCC)の修正、廃止を実施しても、10年国債金利の上昇幅は限定的と考えられる。現状10年国債金利は0.5%程度であることから、0.8%までの上昇であれば上昇幅は0.3%程度となる。

財務省によると、国債の平均金利が1%上昇した場合、2026年度まで3年間の利払い費の累積増加額は3.6兆円と試算される。金利の上昇幅が0.3%の場合には、利払いの増加額は1.1兆円である。

2023年度当初予算で一般会計の規模が114.4兆円、財政赤字が35.6兆円である現状で、3年間で1.1兆円の利払い費増加の規模は小さいだろう。それが、財政危機の引き金になるとは思えない。

政策金利が+2.6%まで引き上げられないと日本銀行は債務超過に陥らない

他方、日本銀行は、国の財政環境ではなく自らの財務環境の悪化を恐れて、金利を上げられない、との見方もある。国債買い入れによってバランスシートが肥大化したもとで、政策金利(付利金利)を引き上げていけば、民間銀行への利払い負担が高まって、日本銀行の収益が悪化する。しかし、よほど大幅に政策金利を引き上げない限り、日本銀行が経常赤字や債務超過に陥ることはない。

筆者の試算によると、政策金利の引き上げによって、利払い費が保有国債などから得られる利子収入を上回る、いわゆる逆ザヤが発生するのは、政策金利が+0.18%まで引き上げられた場合だ。

また、日本銀行が経常赤字に陥るのは、政策金利が+0.43%まで引き上げられた場合、経常赤字が自己資本を上回り日本銀行が債務超過に陥るのは、政策金利が+2.6%まで引き上げられた場合となる計算だ(当コラム「将来の利上げで日銀は経常赤字・債務超過に陥るか?」、2022年8月23日)。

日本銀行がマイナス金利政策を解除しても、当初の金利引き上げは0.0%までに留まることが予想される。経常収支の赤字化や債務超過どころか、逆ザヤも直ぐには生じないだろう。この点から、日本銀行の財務環境への悪影響に配慮して、日本銀行が金利引き上げを躊躇することはないだろう。

金利上昇の影響ではなく政治的圧力や金融市場・金融機関への配慮が政策修正を遅らせる

さらに、日本銀行の正常化によって長短金利が上昇しても、その幅はわずかであることから、経済、物価に与える悪影響もまた限定的であろう。唯一注意すべきは、長短金利の上昇が円高傾向を強めてしまうリスクである。

このように、国の財政環境、日本銀行の財務環境、経済・物価への悪影響に配慮する結果、日本銀行が金融政策の正常化を進められないことはない、と考えられる。日本銀行に強い意志さえあれば、いつでもそれは実行できるのである。

ただし、政治的な圧力や金融市場・金融機関の安定に配慮することで、結果的に金融政策の正常化、いわゆる金融緩和の枠組みの見直しは、かなり時間をかけて実施されていくことになるだろう(当コラム「後ずれする日銀物価目標の柔軟化と政策修正:4月会合では2025年度物価見通しに注目が集まる」、2023年4月21日、「植田日銀総裁の「金融緩和の継続が適当」≠「金融緩和を見直さない」」、2023年4月26日)。

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