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日銀総裁記者会見:多角的レビューとは何か?

2023/04/28

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植田総裁の肝いりで多角的レビューがスタート

28日の金融政策決定会合後に、植田総裁の定例記者会見が開かれた。対外公表分で示された「多角的レビュー」について、記者からの質問が集中した(コラム「植田日銀総裁は初回の会合で政策変更を見送り:フォワード・ガイダンスを修正、1年から1年半で政策レビューを行う」、2023年4月28日)。

植田総裁は、このレビューが特定の政策変更に紐づくものではない点を強調した。過去の「検証」、「点検」では、公表された時点で政策変更が打ち出されたが、それとは異なる位置づけとの説明である。それゆえに、「検証」、「点検」という言葉ではなく、敢えて「レビュー」という異なる言葉を選んだのだという。

「1年から1年半程度の時間をかけて」という説明は、1年から1年半後にまとめてレビューを出すということでは必ずしもなく、随時レビューを示していくとの考えだ。その際には、日本銀行内部の分析に加えて、外部の有識者の意見も含めることになるという。またかなりアカデミックな内容を含む可能性もあるようだ。

1年から1年半後としたのは、自身の任期が5年であることから、レビューの結果を任期中の政策に反映させることを意識したとの説明であった。この点を踏まえれば、レビューの中身は、即座に政策に反映される訳ではないとしても、やはり政策に生かすことを考えているのだろう。

総裁自身は明確には言及しなかったが、ゼロ金利政策に始まる過去25年にわたる非伝統的な政策が期待された効果を発揮してこなかった一方、その副作用について分析を深める必要があると植田総裁は考えているのではないか。そうであれば、レビューの中核は、非伝統的な政策の副作用の分析であり、それを踏まえて、副作用を軽減するような形で金融緩和の枠組みを見直す、といった流れが考えられる。

いずれにしても、このレビューは、学者として、さらに過去に審議委員として金融政策を担った植田総裁の思いが込められた、肝いりの試みであるように感じられる。

長短金利のフォワード・ガイダンス削除は近い将来の利上げの布石ではない

長短金利に関するフォワード・ガイダンスを削除したことについても、多くの記者が質問した。これが先行きの金利引き上げの布石ではないか、との感触を持った向きも少なくなかったと見られる。

しかし、総裁は、コロナ感染問題に関連したフォワード・ガイダンスの部分について整理しただけであり、緩和を続ける姿勢は別途記述されている、と説明している。

長短金利に関するフォワード・ガイダンスも、コロナ感染問題を受けて海外で大幅な利下げが実施される中、追加緩和の余地がない日本銀行が、緩和姿勢だけでもアピールするために導入したという経緯がある。この点から、植田総裁の説明通り、長短金利に関するフォワード・ガイダンスの削除が、政策姿勢の変化を意味するのではないだろう。

2%の物価目標達成には現時点では自信が持てない

足元で物価が想定以上に上振れる中、植田総裁が黒田前総裁の異例の金融緩和を修正せずにそのまま引き継いだことに対して、違和感を持つ向きも少なくないだろう。実際、そうした考えを反映した記者の質問も少なくなかった。

本日示された展望レポートでは、コアコアCPI(除く生鮮食品、エネルギー)は、2023年度に+2.5%の後、コストアップ要因が薄れていくことで、2024年度に+1.7%に一度低下した後、2025年度には+1.8%とわずかに再び高まる予測となった。これらの数字は、2025年度までの予測期間内では、2%の物価上昇率が持続的となる、物価安定目標の達成がなお見通せないことを意味する。それがゆえに、「金融緩和は継続するのが適当」というのが総裁の説明である。

この展望レポートの予測は、2%の物価目標が達成できるかどうかについて、日本銀行は十分に自信を持てないことを表現している、と総裁は説明している。昨年来の物価高騰が、賃金上昇率の上振れにつながったところまでは確認できたが、それが賃金と物価の持続的な好循環につながるかどうかはまだ見通せない。

夏場以降、物価上昇率の低下が顕著となれば、来年の春闘での賃上げ率が今年と比べてかなり低下し、賃金と物価の持続的な好循環が途切れてしまうことは、年内にも確認できるだろう。

2%の物価目標達成が遠のくことで「金融緩和の枠組みの見直し」に向けたプロセスが動き出すか

今回の総裁記者会見を踏まえても、日本銀行は、しばらくは賃金、物価動向を睨んで様子見を続ける可能性が高いように思われる。総裁自身が「簡単でない」と本音を示している2%の物価目標の達成が、いよいよ難しいと分かった時点で、金融緩和を引き締めに転じさせる「正常化」は遠のく一方、「金融緩和の枠組みの見直し」に向けたプロセスがむしろ動き出すのではないか。

筆者は、2%の物価目標を無理のない中長期的なものに修正したうえで、異例の金融緩和による副作用の軽減を進める形で、マイナス金利政策の解除、イールドカーブ・コントロール(YCC)の廃止といった金融緩和の枠組みの見直しが実施されると見ておきたい。2%の物価目標の達成を無理に短期的に目指さないのであれば、異例の金融緩和の副作用を軽減して、金融緩和の持続性を高める必要性が高まるからだ。「多角的レビュー」が、それに資することになるのだろう。

金融緩和の解消を目指す「正常化」ではなく副作用を軽減する「枠組み見直し」

その場合の政策修正は、金融緩和状態の解消を目指す「正常化」ではなく、金融緩和を維持したまま、副作用の軽減を通じて金融緩和の継続を可能とするための措置である。

ただし、2%の物価目標を現状のまま維持した状態でも、副作用軽減策を一部実施することは考えられる。それがYCCの変動幅拡大や変動幅撤廃である。それは一連の金融緩和の枠組みの見直しよりも前に、昨年12月にも実施された「柔軟化策」の延長との位置づけで、今年後半にも実施されると見ておきたい。

2%の物価目標の見直しは、夏場以降の物価上昇率の低下を受けて今年10月にでも実施されると考えられるが、それを前提としたマイナス金利政策の解除、YCCの廃止といった金融緩和の枠組みの見直しは、来年後半以降に実施されると予想する。内外経済環境の悪化や米国での金融緩和観測の高まりなどが、政策見直しの障害になると考えるからである。

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