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債務上限問題で米政府がデフォルトに陥るXデーが近づく:景気悪化や銀行不安再燃の引き金にも

2023/05/09

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デフォルトの「Xデー」は6月1日にも

米国政府債務が31兆4,000億ドルの法定上限に達し、議会で上限の引き上げや適用停止を決めなければ、政府がデフォルト(債務不履行)に陥る「Xデー」が近づいてきた。物価高騰、景気減速リスク、さらに銀行不安に直面している米国金融市場に、さらなる不安定要素が重なってきたのである。返済能力には問題がないテクニカル・デフォルトであるとはいえ、仮に米国政府がひとたびデフォルトに陥れば、世界の金融市場を大きく揺るがす事態となることは必至である。

イエレン財務長官は共和党のマッカーシー下院議長への書簡で、「最近の連邦政府の税収を検証した結果、6月上旬までに政府債務のすべてを履行することは不可能になる見通しが強まった。デフォルトは6月1日にも訪れる可能性がある」と指摘した。

イエレン財務長官は今年1月19日に、マッカーシー議長宛ての書簡で、政府債務が法定上限に到達したことを明らかにした。米議会は2021年12月に、政府の法定債務上限を約31兆4,000億ドルに引き上げたが、それから1年が経過して、政府債務がこの上限にまで達したのである。

国債利払いを優先しても経済・社会は混乱

その時点では、デフォルトを避けるために政府は公的年金基金への投資を停止し、また連邦政府や州政府の予算内で特別な資金繰り策を実施するなどの特別措置を講じて、デフォルトを回避した。その際には、今夏頃に、法定上限の引き上げや停止を決めなければ政府がデフォルトに陥る「Xデー」となると考えられていたが、その後、税収が思いのほか落ち込んだことで、「Xデー」が早まる見通しとなったのである。

社会保障制度、高齢者向け医療保険制度(メディケア)、軍の給与などの支払いを止め、国債の利払いを優先させれば、デフォルトをさらに先送りすることは可能だ。しかしその場合には、社会・経済に大きな打撃となり、国民の不満は高まることになる。

「ねじれ議会」が生んだ政治色が強い債務上限問題

債務上限問題が浮上したのは、昨年の中間選挙で野党共和党が下院で過半数の議席を得て、「ねじれ議会」が生じたからだ。そのため、上下両院で債務上限の引き上げや適用の停止を決めるには、民主党と共和党が歩み寄る必要がある。しかし現状では、歩み寄りの兆しはみられていない。

共和党は、大幅な歳出削減を交換条件に、債務上限の引き上げを行うとしているのに対して、バイデン民主党政権は、条件なしで債務上限を引き上げるよう、共和党側に求めている。

今年1月に数日間かけて15回もの投票を行ってようやく下院議長に選出されたマッカーシー氏は、強硬派の共和党議員らに対し、バイデン政権が歳出削減に同意しない限り、同党は債務上限の引き上げに賛成することはないと約束していた。そのため、民主党側に対して容易に譲歩はしないとみられる。

バイデン大統領が受け入れられない共和党の歳出削減案

マッカーシー下院議長は、歳出削減策を盛り込んだ独自の期限付きの上限引き上げ法案を下院に提示した。仮に共和党が過半数の議席を占める下院で可決されても、民主党が過半数の議席を占める上院では可決されないことを承知の上での行動である。

歳出削減には、電気自動車の販売支援など、2022年8月に成立した歳出歳入法、いわゆるインフレ抑制法の気候変動対策を撤廃する案が含まれる。また、学生ローンの免除措置や企業の自社株買いへの課税強化の撤回も含まれている。これら左派色が強い歳出削減策を認めれば、2024年の大統領選挙で再選を目指すバイデン大統領には強い逆風となってしまう可能性がある。従って、バイデン大統領にとっては決して受け入れられない。 このように、債務上限問題は極めて政治色が強く、現時点では妥結点は見えていない。

憲法修正第14条

米国憲法修正第14条第4項には、「法律により授権された合衆国の公の債務の効力は、(中略)これを争うことはできない(これを問うことはできない)」との条文がある。これを根拠に、法定債務上限を超えて政府は国債発行を継続できるとする憲法学者もいる。ただし、見解は分かれている。

イエレン財務長官は、債務上限問題は議会で解決されるべき問題であるとして、仮に国債発行の継続について、違憲か合憲かの判断がなされる事態となれば「米国は憲法上の危機に直面する(confidential crisis)」と警鐘を鳴らしている。

妥結には金融市場の混乱が必要に

両党が政府のデフォルト回避に向けて歩み寄れるかどうかの鍵を握るのは、世論の行方である。1995年から1996年にかけて、さらに2013年、2019年に起きた政府機関の閉鎖や2011年の債務上限問題の際には、世論は概して共和党に批判的だった。

世論は今回も、問題の解決を阻む野党共和党への批判を次第に高めていくことが予想される。それは、共和党にとって来年の大統領選挙に逆風となることから、世論の批判が共和党を譲歩に向かわせる最大の原動力となるのではないか。

さらに、その世論に大きな影響を与えるのは金融市場の動向である。デフォルト懸念で金融市場が混乱すると、その責任は共和党にあるとの世論が一層高まる可能性が考えられる。この点から、金融市場の混乱が強まるほど、デフォルト回避に向けて与野党が合意に至る可能性が高まる、と考えておきたい。

現状では、債務上限問題が金融市場に与える悪影響はまだ大きくないが、今月末にかけて金融市場は明確に動揺を見せ始めるだろう。そうした金融市場の力を借り、共和党が大幅に譲歩し、他方民主党は小幅な歳出削減を受け入れる形で最終的に妥協が成立し、デフォルトはぎりぎり回避されることをメインシナリオと見ておきたい。

金融市場に強く残る2011年の米国債格下げの記憶

ただし、デフォルトが回避されても、金融市場は直ぐに安定を取り戻すことにはならないだろう。それは、2011年の苦い記憶が強く残っているためだ。

現在と同様に債務上限問題が生じていた2011年に、草の根保守の「ティーパーティー」の支援を受けた共和党が、オバマ政権と激しく対立していた。デフォルトが生じる期限である8月2日の直前、7月末にかけての与野党間の交渉で、債務上限問題はなんとか解決され、期限当日の8月2日に、債務上限引き上げ法(Budget Control Act of 2011)が成立したのである。

それを受けてムーディーズは政府債務格付けAaaの据え置き確認を発表した。ところがその3日後に、S&Pはアメリカの財政赤字の削減への対応が不十分であるとの認識を示し、2011年8月5日に米国の長期発行体格付けを「AAA」から「AA+」に引き下げたのである。

世界で最も信用力が高いとされた米国債の格下げは、金融市場に大きな混乱をもたらした。株価は大幅に下落し、それは消費者心理の悪化を通じて、経済に悪影響を与えたのである。他方、格下げされた米国債自体は、安全資産としてむしろ買われた。

デフォルト懸念、米国債格下げ懸念は、銀行不安を再燃させるか

当時と比べても米国債市場のマーケットメイクの機能が低下していること等から、再び米国債が格下げされれば、今度は、米国債は売り込まれるとの見方がある。その場合には、世界的な長期金利の上昇が生じ、金融市場の混乱はより深まるのではないか。

米国債の格下げで長期金利が上昇すれば、銀行が保有する債券の含み損が再拡大し、銀行不安が再び強まる可能性があるだろう。また、それは、経済にも大きな打撃となるだろう。

こうした事態となれば、米連邦準備制度理事会(FRB)の政策も大きく影響を受けるはずだ。FRBが現在進めている月間1千億ドル程度の保有証券の残高削減を中断し、市場の安定化を図るために緊急国債買い入れに踏み切るよう迫られる事態も生じる可能性が考えられる。また、緊急の利下げに追い込まれる可能性も出てくるだろう。

米国経済に後退リスクが高まる一方、銀行の経営不安が続く現状下での債務上限問題は、前回の2011年以上に、米国の経済や金融に甚大な悪影響を与えてしまう可能性が考えられる。この問題は、米国に留まらず、世界の経済、金融市場、金融システムの安定を脅かしかねない大きなリスクと考えておくべきだろう。

(参考資料)
"Treasury Chief Janet Yellen Says U.S. Risks Default as Soon as June 1 Without Debt Ceiling Increase(米デフォルト、早ければ6月1日にも 財務長官が警告)",Wall Street Journal, May 2, 2023
"How to Play 'Debt-Ceiling Chicken'(米政府の債務上限巡るチキンレース)" ,Wall Street Journal, February 2, 2023
"Democrats Shelve Discharge Petition as Backup Plan to Raise Debt Ceiling(米債務上限問題、民主党「奥の手」をひとまず封印)", Wall Street Journal, February 11, 2023
「米国債CDS12年ぶり高水準 債務上限上げ巡り与野党に溝」、2023年4月25日、日本経済新聞電子版
「イエレン米財務長官:「6月にも債務不履行」 米長官、議長に対応促す」、2023年5月3日、毎日新聞

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