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企業債務がトリガーとなる米国経済・金融危機

2023/05/15

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変わる米国の債務構造と金融引き締めの影響

米国では歴史的なペースで金融引き締め策が実施されてきたが、そのもとでも経済はなお失速には至っていない。金融引き締めの影響がまず金利に敏感な個人の住宅投資、自動車購入の悪化をもたらし、その影響が経済全体に波及する形で景気が後退に陥るのが今までの典型的なパターンであった。しかし、住宅投資が2年間減少を続ける中でも、経済全体の安定はまだ大きく崩れていないのが現状だ。

これは、個人消費がコロナ問題の影響をなお強く受けていることに加えて、個人債務の状況が大きく影響しているものと考えられる。2008年のリーマンショック前には、個人債務の膨張と住宅不動産価格高騰とが同時に進行していた。しかしその後は、個人債務のGDP比率は急速に低下していく。いわゆるデレバレッジ(債務削減)が進んだのである(図表1)。

個人の経済活動が金利上昇に対する抵抗力を強めた背景には、債務の抑制が進み、利払い負担が従来ほど高まらなくなったことがあると考えられる。その結果、住宅ローン、住宅モーゲージ担保証券(RMBS)、自動車ローンなど、個人の債務に関わる金融の問題は深刻化していない。

図表1 米国企業・家計債務サイクルと経済・金融情勢

企業債務は歴史的な水準に

こうした個人の債務とは対照的に、リーマンショック後に急増したのが企業の債務である。そのGDP比率は1980年代から横ばいで推移してきたが、過去数年は歴史的な高水準に達している(図表1)。さらに、2020年のコロナショックを受けて企業債務のGDP比率はもう一段上昇した。これは、急速な金融緩和による資金調達コストの低下によるものだろう。この点から、コロナショックの金融緩和は行き過ぎ、企業の債務を過度に膨らませた可能性が考えられる。

個人債務の抑制が進んだ結果、従来よりも個人の経済活動は、金利上昇に対する抵抗力を強め、金融引き締め効果を減じている面があると考えられる。他方で、企業の経済活動は、債務が増加した分、従来よりも金利上昇に弱くなっているだろう。足もとでは設備投資の弱さが顕著になっており、金利上昇の影響が確認できる。

金融危機は常に違った顔で現れる

このような債務の環境変化を受けて、金利上昇を受けた経済のリスクは、個人から企業へと移っている。金融面でのリスクについても同様である。

過去の金融問題も、個人と企業の債務状況を反映した形で生じてきた。1980年代を通じた貯蓄貸付組合(S&L)危機は企業債務増加を背景に、1987年のブラックマンデーは債務拡大を伴う個人の過剰な株式投資を背景に、2000年のドットコムバブル崩壊は企業債務増加を背景に、2008年のリーマンショックは住宅関連の個人債務の増加を背景にそれぞれ生じてきた。

個人債務の増加に根差す金融危機と企業債務の増加に根差す金融危機とが交互に生じているのが特徴的だ。金融危機は同じ形で繰り返されることはなく、常に違った顔で現れるのである。

経済悪化で銀行不安は第2ラウンドへ

以上の考察から、金融引き締めの影響は、今回は個人よりも企業の経済活動により表れやすく、さらにそれは企業債務に関わる金融の問題へと発展しやすいと考えられる。

5月1日に米地銀ファースト・リパブリックバンクが破綻した。3月のシリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャーバンクの破綻といった銀行不安がまだ終わっていないことを示すものだ。

今まで表面化した銀行の経営不安の根底にあるのは、金利リスクの管理の失敗である。金利急上昇を受けた債券含み損の拡大や固定金利貸出の債権価値の低下が問題の本質である。銀行預金の流出を受けて、それらの資産の売却を強いられ、含み損が実現損になってしまった。

他方で、企業の経営不振の高まりを受けた貸出債権や証券の価格下落といった信用リスクの上昇は、まだ表面化していない。金融引き締めや銀行の貸出抑制の影響から企業活動の悪化が進めば、それは企業向け貸出の信用リスクを高め、銀行は新たな逆風に直面するだろう。これが、この先起こりうる「銀行不安の第2ラウンド」である。

先般発表された米連邦準備制度理事会(FRB)の銀行融資担当者調査では、銀行の融資基準の厳格化が進むとともに企業の資金需要も急速に悪化していることが確認された。この融資の供給面と需要面の双方の影響を反映する複合指数は、企業の借り入れ環境が、2000年のドットコムバブル崩壊時、2008年のリーマンショック時、2020年のコロナショック時と並ぶ水準にまで悪化しており、この先米国経済が本格的な景気後退に陥るリスクが相応にあることを示唆している(図表2)。

図表2 合成指数と実質GDP成長率

注目は預金流出から株価下落へ

3月以降、預金の流出は、銀行を流動性危機から破綻に追い込むなど、事態を一気に悪化させる役割を果たしてきた。ただし、中堅銀行からの大量の預金流出の動きには歯止めがかかっている。預金保険でカバーされない25万ドル以上の大口預金を、経営破綻が懸念される銀行から移す動きは一巡しつつあるのだろう。

しかし、預金保険制度は銀行不安の本質的な問題ではない。本質的な問題は、銀行の金利リスクの管理の失敗である。含み損の拡大や逆イールドによる資金収益の悪化を受けた銀行の経営不振の問題はまだ続いている。景気悪化による企業の信用リスクの問題が表面化していけば、与信コストの上昇を受けて銀行の経営不振の傾向がさらに強まるだろう。

こうした銀行は、当局が介在する形での救済的な買収の対象となる。しかし、ファースト・リパブリックバンクの破綻及び買収劇でも見られたように、買収を検討する側の銀行は、できる限り安く銀行を買おうとする。そのためには、買収対象の銀行の株価が十分に低下するまで待つ傾向がある。さらに、米連邦預金保険公社(FDIC)が銀行の業務を引き継ぐ破綻処理を待ってから買収を決める姿勢が強まっているように見受けられる。破綻処理となれば、FDICが預金保険基金を使って一部の損失を負担してくれるからである。

ファースト・リパブリックバンクのケースのように、買収する側の銀行がFDICによる破綻処理を待ってできるだけ安く銀行を買収しようとする結果、純粋な救済買収は成立しにくくなり、破綻処理と買収が同時に行われるファースト・リパブリックバンクのようなケースがこの先も複数出てくるのではないか。結果として、銀行破綻は増えるだろう。

また、破綻処理、買収観測が強まると、市場は債券や貸出債権の含み損を企業価値に反映する傾向をより強める。銀行が継続している限りは含み損は表面化しない可能性があるが、破綻処理、買収時には厳格な資産査定がなされるからである。従って、経営不振から破綻処理、買収観測が強まる銀行の株価は下落しやすくなる。

今までは銀行預金の流出が、銀行の破綻リスクを見すえた上での重要な指標であったが、これからは株価下落により注目すべきだろう。

次の注目はプライベート・クレジット・ファンド

この先、企業活動と経営環境が悪化していけば、金融面では企業債務に関連した金融資産に問題が生じやすくなる。それは、銀行の企業向け貸出債権に加えて、証券やノンバンク(非銀行金融仲介機関)の問題となる。そこで注目しておきたいのが、プライベート・クレジット・ファンドである(図表3)。

プライベート・クレジット・ファンドは、機関投資家や富裕層から資金を集め、信用リスクが高い無格付けや低格付けの企業など、多くは非上場の企業に直接融資を行うファンドだ。2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)後に急成長を遂げた新しいタイプのファンドである。

FRBによれば、プライベート・クレジット・ファンドへの投資家構成(資産規模)は、2021年末時点で公的・私的年金が31%、プライベート・エクイティなどその他のプライベート・ファンドが14%、保険会社が9%、個人が9%である。国際通貨基金(IMF)によれば、その資産規模は1.5兆ドル程度とされる。

経済が悪化し企業の信用リスクが高まれば、プライベート・クレジット・ファンドは、運用パフォーマンスが落ちた企業向け融資を急速に絞るだろう。そうなれば、リーマンショック以降、プライベート・クレジット・ファンドからの資金調達への依存を急速に強めてきた低格付け企業は一気に資金繰りに困るようになり、破綻が増加する可能性が考えられる。それが経済をさらに悪化させるという悪循環を生む。

図表3 プライベート・クレジット・ファンドとは何か

金融リスクトリオ

ただしそうした事態となっても、プライベート・クレジット・ファンド自体は破綻しにくいと言える。それは第1に、多くは解約が制限されたクローズドエンド型であり、一気に資金が引き上げられることがない、第2に、借り入れの割合(レバレッジ比率)が小さいことから、債務不履行に陥り難い、第3に、変動金利での貸出が中心であるため、昨年来の金利上昇局面でも貸出資産の大きな劣化が生じていない、ためである。

しかし、プライベート・クレジット・ファンドの運用リターンが悪化すれば、そこに投資をしているオープン型ファンドの運用リターンも悪化し、そこで顧客の資金流出が強まり、換金売りが金融市場を混乱させる可能性もあるだろう。このような経路で、プライベート・クレジット・ファンドを媒介して、他のファンドの経営が大きく揺さぶられてしまう可能性もある。

この先、低格付け企業の経営不安が高まると、プライベート・クレジット・ファンド、銀行のレバレッジドローン(低格付け企業向け融資)、ハイイールド債の3つが金融不安の震源地となるのではないか。この3つはそれぞれ約1.5兆ドル、約1.4兆ドル、約1.5兆ドルと資産規模がほぼ肩を並べており、「金融リスクトリオ」と言える(図表4)。

レバレッジドローンの証券化商品であるローン担保証券(CLO)の価格も大きく下がることから、CLOやハイイールド債に投資するオープン型ファンドでは破綻のリスクも出てくるだろう。

米国経済がひとたび悪化し、企業部門の経営不安と企業債務に関わる金融資産に大きな問題が生じれば、銀行とノンバンクの双方を巻き込む新しいタイプの金融危機へと発展する可能性がある。

図表4 金融リスクトリオ

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