米国債務上限・デフォルト問題では金融市場の混乱と世論の動向が鍵に
問題解決の鍵を握る世論は大きく分かれている
米国の債務上限問題では、民主、共和両党の主張は平行線を辿っており、妥結に至る兆しは見えてこない。そうした中、金融市場は、米国債がデフォルト(債務返済不履行)に陥る可能性を徐々に織り込み始めている(コラム「債務上限問題で米政府がデフォルトに陥るXデーが近づく:景気悪化や銀行不安再燃の引き金にも」、2023年5月9日)。
共和党は、債務上限引き上げを認める条件として、大幅な歳出削減を求めている。バイデン政権が重視するクリーンエネルギー絡みの税優遇の見直し、新型コロナウイルス流行時に実施された緊急経済対策の未使用資金を回収する、メディケイド(低所得者向け公的医療保険制度)の受給要件に就労を含めて歳出を抑制する、などの内容を含んだ法案を、既に下院で成立させている。他方でバイデン政権は、無条件で債務上限を引き上げるよう、共和党に求めている。
問題解決に向けて鍵を握るのは、世論の動向だ。債務上限問題を政争の具とし、経済、金融市場を人質にとってデフォルトリスクを高めている責任が野党・共和党にあるとの認識が広まり、世論の批判が高まれば、来年の大統領選挙を睨んで共和党が譲歩せざるを得なくなるだろう。
他方、経済政策運営全体に責任を持つ与党・民主党の責任、との批判が高まれば、バイデン政権が譲歩する形での問題解決が見えてくる。
現状では、米国の分断を象徴するかのように世論は真っ二つに分かれている。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が4月11日から17日に集計した1,500人の有権者を対象とする世論調査の結果によれば、共和党支持者を中心に45%の有権者は、(歳出削減を実施せずに)債務上限を引き上げることに反対、民主党支持者を中心に44%は賛成、と大きく判断が分かれている。
物価高騰が前回2011年と大きく異なる点
2011年のように、過去には民主党政権下でねじれ議会が生じている際には、野党・共和党が債務上限引き上げに反対すると、世論は共和党への批判を高める傾向が概ねみられた。しかし現状では、世論は共和党批判に明確に傾いてはいない。それは、足元でのインフレの問題が影響しているのだろう。
バイデン大統領が2021年に実施した1兆9,000億ドルの景気刺激策が、物価高騰の一因となった、と共和党はバイデン政権を批判してきた。国民の間でもその主張が受け入れられており、この点から、物価高対策も視野に入れた歳出削減策が支持されている面がある。
2011年夏のオバマ政権下で、今回と同様に債務上限引き上げ問題が紛糾した際には、最終的にはオバマ政権が共和党の歳出削減提案を一部受け入れざるを得なかった。その時と、今回とでは経済情勢が大きく異なる。当時は、2008年のリーマンショックの影響も色濃く残っており、物価も安定していた。失業率は8%台だった。
それに対して現在は、需給はひっ迫しており、物価上昇率は高い。そのため、一定程度歳出を抑制することでインフレ圧力を抑え、金融政策が担っている物価安定の回復に向けた重荷の一部を財政政策が担うことが支持されやすい環境となっている。
デフォルトに陥れば景気後退と株価大幅下落に
議会予算局(CBO)によれば、共和党が示している連邦債務上限に関する法案(大幅な歳出削減を条件に債務上限を引き上げる法案)が成立すれば、2024年9月末に終了する財政年度の連邦政府の裁量的歳出は、現行法のままの場合と比べ1,290億ドル削減されるという。これは成長率を0.5%押し下げる。経済には一定程度打撃となるものの、それによって物価上昇率が抑えられるのであれば、国民にも受け入れられる可能性があるだろう。
他方で、仮に債務上限が引き上げられずに米国債が一時的にデフォルト(債務不履行)に陥るテクニカルデフォルトが生じた場合には、経済、金融市場に格段に大きな打撃となるだろう。
格付会社ムーディーズ・アナリティックスは、仮にデフォルトになれば、雇用者全体の5%近くに相当する700万人の雇用が失われ、失業率が8%を上回り、株価は2割低下すると予想している。この場合、米国経済はかなり深刻な景気後退に陥るだろう。
こうした点を踏まえると、バイデン政権は2011年と同様に、経済、金融市場に計り知れない打撃となるデフォルトを回避するために、物価抑制効果も期待できる、共和党が主張する歳出削減の一部を最終的に受け入れる可能性が考えられるところだ。
金融市場の混乱がデフォルトを回避させる最大の原動力に
現時点では債務上限問題、デフォルトに関する国民の関心は、まだそれほど高まっていない。デフォルトリスクが高まる「Xデー」となる6月上旬頃が近づいてくる中で、金融市場は混乱の度を強め、それを受けて国民の意識も初めて大きく高まるだろう。この金融市場の混乱こそが、債務上限問題を解決に導き、デフォルトを回避させる最大の原動力である。
金融市場の混乱を受けて、世論はこの問題への関心を一段と強め、その中で、民主党、共和党のどちらへの批判がより強いかが調査で明らかになっていくだろう。それを踏まえ、批判をより強く受ける政党が、来年の大統領選挙を睨んでより譲歩する形で、デフォルトはぎりぎり回避されるものと見ておきたい。
円高株安進行で日本経済にも打撃が及ぶ
「Xデー」が到来しても、財務省が社会保障関連の支出などを先送りすることで、国債の利払いを続け、デフォルトの時期を先送りすることは可能だ。
また、政府の債務拡大は制約を受けない、との解釈が可能な合衆国憲法「修正第14条」を根拠に、債務上限法を違憲とする判断に基づいて、政府が国債の追加発行を行う可能性もある。
ただし前者の場合は、国民の強い反発を受けやすい。また後者の場合には、憲法解釈を巡って訴訟にまで発展する可能性がある。いずれにせよ政府にとって望ましくない選択肢であるが、デフォルトを回避する手段として最終的には利用される可能性がある。
こうした点を踏まえると、デフォルトが生じる可能性は低いものと考えておきたい。しかし、そこに至るまでには金融市場が混乱することが避けられない、という大きな犠牲を伴う。さらにデフォルトが回避されても、2011年と同様に国債が格下げになる懸念も残される(コラム「債務上限問題で米国政府にデフォルトリスク:米政府が1兆ドルのプラチナコイン発行を検討」、2023年1月26日)。
今後数週間は、米国では株価下落とドルの下落がより顕著になっていくだろう。それは日本にも波及し、円高株安が急速に進んで、米国以上に日本経済に大きな打撃が及ぶ可能性があるのではないか。
(参考資料)
"'Stop Printing Money.' How Voters Would Solve the Debt-Ceiling Standoff(米債務上限問題、国民の本音は?)", Wall Street Journal, May 11, 2023
"A Debt Deal Could Help Solve the Country’s Inflation Problem(米債務上限問題、合意はインフレ緩和に役立つか)", Wall Street Journal, May 10, 2023
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