G7広島サミット:経済安全保障と経済的威圧への対応
中国への対抗が鮮明に
G7広島サミット2日目となる20日には、「経済的強靭性及び経済安全保障」に関する討議がなされ、直後にG7首脳声明が発表された。
国名は出さないが、中国に対抗する安全保障政策の分野でG7各国が従来の連携を一層強化するとともに、支援を通じてグローバルサウスを取り込むことを狙う、2段構えの構図となった。
この声明は、まずサプライチェーンの強化、多様化を促進する方針から始まっている。「G7の間及び全ての我々のパートナーとの間の双方で協力することの重要性を強調する」として、低・中所得国の利益に配慮して、連携強化を先進国だけでなくグローバルサウスの国々にまで広げ、中国などに対抗する強靭なサプライチェーンを構築することを目指している。
サプライチェーン分野に加えて注目されるのは、「国際的なルール及び規範を損なう有害な慣行への対応」、「経済的威圧への対処」の2つの分野であり、ともに中国への対抗がとりわけ強く表れている。
国際的なルール及び規範を損なう有害な慣行への対応
声明は「我々は、蔓延する不透明かつ有害な産業補助金、国有企業による市場歪曲的慣行及びあらゆる形態の強制技術移転といった幅広い非市場的政策及び慣行、並びに戦略的依存関係及び構造的な脆弱性を作り出すその他の慣行を利用する包括的な戦略に関し、新たな懸念を表明する」としており、世界貿易機関(WTO)のルールを順守しない中国の貿易政策や経済政策全般を強く批判している。
さらに、それらの中国の政策に対処していくことが、経済的強靭性及び経済安全保障を強化することになるとして、「我々は、公平な競争条件を歪める非市場的政策及び慣行に取り組むためのより強力な国際的なルール及び規範を引き続き積極的に発展させていくとともに、これらの問題により良く対処するためにWTOにおける取組を強化していく」との方針を決めている。
経済的威圧への対処
中国の経済的威圧に対して声明は、「我々は、多角的貿易体制の機能及び信頼を損なうのみならず、主権の尊重及び法の支配を中心とする国際秩序を侵害し、究極的には世界の安全及び安定を損なう経済的威圧について、深刻な懸念を表明し、全ての国に対してその使用を控えるよう求める」とした。
経済的威圧への対処を強化するために、G7は「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」を新たに立ち上げ、「連携を強化していくとともに、G7以外のパートナーとの協力を更に促進していく」としている。
この明らかに中国を念頭に置いた「経済的威圧」への対応こそ、今回のG7サミットの経済分野において、米国が最も重視していたテーマだったと考えられる。オーストラリア戦略政策研究所によると、ボイコット、投資・貿易・観光の制限といった中国の経済的威圧行為は、2019年と2020年に53件に及び、2014~18年の13件から大幅に増加したという。
経済的威圧への対応でもグローバルサウスの取り込み
近年の特徴的な例を挙げれば、米国と韓国が2016年、朝鮮半島に地上配備型ミサイル迎撃システム「THAAD(サード)」を配備すると発表したことを受けて、中国政府は韓国企業のロッテの中国本土事業を追い詰める措置を講じた。カナダ・バンクーバーの当局が米国からの要請で中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)の幹部を逮捕したことを受け、中国はカナダからの菜種の輸入を大幅に抑制した。
スカボロー礁の領有権を巡ってフィリピンと中国が対立していた2012年、フィリピンから中国に輸出されるバナナの検疫を中国が強化した。コロナ問題を巡って中国とオーストラリアの間で外交的な緊張が高まる中、中国は2020年にオーストラリア産石炭の輸入を中止した。
米国は、中国がこのような「経済的威圧」を実施する場合に、他国が迅速に支援の手を差し伸べることで、その効果を減じることが、重要な対処法と考えているだろう。その実例となったのがリトアニアのケースである。リトアニア政府が、2022年に自国内での台湾の代表機関、事実上の大使館の開設を認めたことを受け、中国政府は、リトアニアとの輸出入を禁止した。これによって、リトアニアの科学分野用レーザー業界が特に大きな痛手を受けたのである。
ただし、台湾と欧州連合(EU)からの投資、信用供与、資金支援が助けとなって、リトアニアの産業は大きな打撃を免れ、リトアニア政府は、中国からの圧力に屈しない強い姿勢を維持することができた。
「デカップリング」と「ディリスキング」の対立
今回のG7サミットでは、中国の「経済的威圧」に備えて、重要製品の中国への依存度を下げる方針が改めて確認されただろう。それこそが、先進国の経済安全保障政策の柱の一つでもある。さらに新興国が中国の「経済的威圧」に直面する際には、先進国がそれを支援する方針もG7サミットで示されたのではないか。それは、グローバルサウスの取り込みを強く意識したものだ。今回のサミットでは、多くの分野で中国・ロシアへの対抗と、グローバルサウスの取り込みが政策の両輪となる構図になったとみられる。
ただし、中国への対応については、先進国の中で、足元でにわかに温度差が広がっている点は見逃せない。米国は中国との経済・貿易関係をできるだけ弱めていく「デカップリング」を志向するのに対して、欧州諸国は、経済安全保障の観点から、重要な分野については中国への依存度を下げていく「ディリスキング」を志向するものの、中国との経済関係全体を弱めていくことには抵抗がある。経済的打撃が大きいためだ。
G7サミットの経済分野の討議では、欧米間のこうした温度差に対して、岸田政権がどのような仲介、調整を行ったかが注目される。中国を巡り、「デカップリング」から「ディリスキング」にG7の方針が軌道修正されるのであれば、中国との経済関係が密接な日本にとっても、それは重要な意味を持つ。
(参考資料)
「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」、2023年5月20日、外務省
"Countering China’s Economic Coercion(G7サミット、中国いじめ対策が最優先)", Wall Street Journal, May 15, 2023
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