フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 G7サミットに合わせ米財務省がロシア産原油輸出価格上限設定の効果に関する報告書を発表

G7サミットに合わせ米財務省がロシア産原油輸出価格上限設定の効果に関する報告書を発表

2023/05/23

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

米財務省は、「ロシア産原油輸出価格上限設定」の効果をポジティブに評価

米国財務省は5月18日に、G7広島サミットの開催に合わせて先進国が導入した対ロシア制裁措置、「ロシア産原油輸出価格上限設定」に関する報告書(The Price Cap on Russian Oil: A Progress Report)を発表した。同措置は、ちょうど1年前のG7サミットで議論が始まり、半年前の昨年12月に導入されたものだ。

G7、欧州連合(EU)、オーストラリアなどは昨年12月に、海上輸送されるロシア産ウラル原油に上限価格を設定する制裁措置を導入した。その際、ロシア産ウラル原油の上限価格は、1バレル60ドルに設定された。さらに今年2月には、ガソリンなどの石油製品にも同様に1バレル45ドルの上限価格が設定された。この措置を受けて、ロシア産原油価格は大きく下落したのである。

先進各国は、今まで講じられてきた対ロシア経済制裁措置が、ロシアの戦争継続能力を低下させることに十分な効果を発揮していないことに不満を抱いている。迂回貿易などを通じて、制裁の効果が減じられているからだ。

他方、このロシア産原油輸出価格上限設定については、ロシア産原油価格の下落を通じて、ロシアの財政収入を大きく減らすなど、期待された効果が発揮されていると言える。自画自賛的な側面があることは否めないが、同報告書はロシア産原油輸出価格上限設定の効果について、非常にポジティブな評価をしている。

ロシア産ウラル原油の価格は国際基準となるブレント原油よりも3割安に

ウクライナ侵攻後、2022年春に世界の原油スポット価格は1バレル当たり140ドル超にまで上昇した。そのもとでロシアは、原油の輸出で1バレル当たり100ドル以上の法外な利益を上げていた。

しかしその後、世界経済の減速懸念などから原油価格が全体に低下し、さらに輸出価格上限措置が出されたことを受けて、ロシア産ウラル原油の価格は大きく下落した。国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、輸出価格上限措置以降、ロシア産ウラル原油の平均価格は月間ベースで1バレル当たり60ドルを下回っている。

ウクライナ侵攻前には、ロシア産ウラル原油の価格は、国際基準となるブレント原油の価格よりもわずか1バレル当たり数ドル低い水準だった。ところがこの数週間は、1バレル当たり25~35ドルも低い水準となっている。輸出価格上限措置によって、輸入国側が値引き販売をロシア側に要求していることの影響が大きい。ロシア財務省によると、ウラル原油の4月の平均価格は1バレル約59ドルと、北海ブレントに比べて3割安い。

ロシア政府の歳入に占める石油収入の割合は23%まで低下

原油価格が大きく下落する中、それによる収入減を補うために、ロシアは原油輸出量を拡大させている。IEAによれば、ロシアの4月の原油と石油製品の輸出量は、ウクライナ侵攻後で最も多い日量830万バレルを記録した。欧州向け輸出は大きく減少する一方で、中国やインドへの輸出量が増えている。しかし、数量の増加で価格の下落を補うことはできていない。そのため、ロシアが原油輸出から得る収入は大きく減っているのである。

これは、ロシア経済とロシアの財政に大きな打撃を与えている。報告書によると、ウクライナ侵攻前に、ロシア政府の歳入に占める石油収入の割合は30〜35%であったが、今年は23%まで下がっている。

先進国は、ロシアの原油輸出量をさらに減少させるような追加制裁措置を打ち出せば、需給ひっ迫から世界の原油価格は高騰し、先進国やその他の国の経済に大きな打撃を与えることを警戒していた。

そこで、ロシア産ウラル原油の輸出価格を低下させる一方、ロシアの原油輸出量は減らさずに、世界的な原油価格高騰を避け、ロシア経済、財政に打撃を与えてロシアの戦争継続能力を削ぐという離れ技に先進国は取り組んだのである。

そこで考え出されたのが、ロシア産ウラル原油価格の上限設定措置であり、当初期待された効果を上げていると言えるだろう。それによって、昨年末以降のロシアの財政環境はにわかに厳しさを増しているのである。

ロシアは民間経済、国民生活を犠牲にする形で戦争継続する傾向がより鮮明に

そうした中、ロシアの1-3月期の実質GDPは、前年同期比-1.9%となった。昨年10-12月期の同-2.7%からマイナス幅は縮小している。同期に原油輸出額が大きく減少し、財政収支が悪化したことを踏まえると、予想外にマイナス幅は小さかったとの印象である。

ただし、昨年1-3月期はウクライナ侵攻後の物価高騰や大幅利上げの影響で、ロシア経済が悪化を始めた時期である。その時期と比べると、前年比上昇率は上振れしやすい、という点に配慮する必要があるだろう。また経済指標全体の正確性の問題もある。

現在ロシア政府は、公的基金の取り崩しで財政赤字を賄っているが、それはいずれ限界が来る。ブルームバーグによると、ロシア政府は財政赤字を補うためにここ数か月で公的基金が持つ外貨の売却ペースを3倍にすることを余儀なくされているという。ブルームバーグは、ロシアは年末までに基金の流動資産の4分の1近くを売却する必要がある、と推定している。

公的基金の取り崩しが限界に至れば、ロシア政府は増税や国内での国債発行の増加を余儀なくされる。前者は企業や家計の所得を減らし、後者の場合には国内金利の上昇を通じて経済に打撃となる。いずれにしても、国内の民間経済への打撃は強まる方向だ。

この先ロシアでは、民間経済、そして国民生活を犠牲にする形で、政府が戦争を継続する傾向がより鮮明になっていくだろう。

(参考資料)
"The Price Cap on Russian Oil: A Progress Report", US Treasury Department, May 18, 2023
「ロシアの石油収入4割超減 G7制裁に効果、米財務省」、2023年5月19日、日経速報ニュース
「対ロ制裁「抜け穴」埋まらず G7首脳、対策議論へ ロシア1~3月GDP減少幅、1.9%に縮小 石油輸出は侵攻後最高」、2023年5月19日、日本経済新聞

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn