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こども未来戦略方針の素案:先送りされた少子化対策の財源議論

2023/06/02

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昨年の「防衛費増額」と同じ道を辿るか

政府は6月1日に「こども未来戦略方針」の素案を公表した。少子化対策は、若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでがラストチャンスであるとし、児童手当の大幅拡充などを柱とする施策が示された。これは、6月中旬に閣議決定する「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」に反映される。

ただしここには、少子化対策の財源については明記されていない。政府は当初、骨太の方針に少子化対策の具体的な内容とともに財源も明記する方針を示唆していたが、それは事実上先送りされたのである。政府が財源の柱と考える医療保険料の上乗せ徴収について、国民負担の観点から自民党内で慎重意見が強く、議論が容易にまとまらないことなどが背景だ。

財源については年末までに固める方針であるが、財源を巡って与党内でも議論が紛糾し、現時点でもなお最終決着を見ていない昨年の防衛費増額の議論と同じ道を歩んでいるようにも見える。

財源確保の難しさから規模は後退か

岸田政権は年初に、「異次元の少子化対策」を行うとし、子ども関連予算を倍増するとしていた。子ども家庭庁の予算をベースに考えれば、関連予算の上積み額は5兆円規模になるが、実際には2024年度から3年~5年を集中期間とし、年間予算を3兆円程度とした。「こども家庭庁予算でみて、2030年代初頭までに、国の予算又はこども一人当たりで見た国の予算の倍増を目指す」とした。倍増の時期は事実上先送りされたように見える。さらに子供の数が減る中で、こども一人当たりで見た予算の倍増であれば、達成のハードルはより低くなる。規模感が当初案から後退した印象は否めず、それはやはり財源確保の難しさを反映したものだろう。

新たな少子化対策は所得制限撤廃などの児童手当の拡充が柱であるが、所得水準が高い世帯の手当て供与は、予算規模を大きくし、財源確保の問題をより深刻にさせる一方、出生率の向上効果は小さいと見られることから、問題だ。

それ以外には、働いているかを問わず、誰でも時間単位等で柔軟に利用できる「子ども誰でも通園制度」導入、育休給付率の引き上げなどが盛り込まれた。

「出世払い型」奨学金制度の導入など、貧困・虐待対策、障害児・医療的ケア児の支援などを追加で盛り込み、最終的に3兆円台半ばに増額するよう、岸田首相が指示した。

赤字国債の発行増額で賄われることになるリスク

また、安定財源は2028年度までに確保する方針であり、それまでは、少子化対策の支出増加が先行することになる。その穴埋めにはつなぎ国債の活用が想定されている。

安定財源としては、社会保障制度改革で最大1兆円が想定されているが、過去の社会保障制度改革による歳出削減策の実績をみても、年間1兆円を賄う改革の実現は相当に難しい。

他方で、0.9兆円~1.0兆円の財源と想定される社会保険料の上乗せについては、自民党内で強い反発も出ており、実現への道は険しい。最終的に社会保障制度改革(歳出削減)や社会保険料の上乗せで財源を賄えない部分については、政府が強く否定してきた赤字国債の発行増額でなし崩し的に賄われることになる可能性が考えられる(コラム「骨太の方針の骨子案:最大の焦点は少子化対策の財源問題」、2023年5月30日)。

成長戦略との一体化を

素案では、若年・子育て世代の所得増加が、少子化を反転させる最も重要な要素であると位置づけ、今回の児童手当の大幅拡充を正当化している。しかし、過去に児童手当の拡充など所得支援を進める中でも出生率が反転上昇していない理由を、十分に検証できているのか。

比較的近い将来の所得増加以外に、中長期にわたる成長期待、生活改善期待も出生率に影響を与えるだろう。この点からは、中長期的な成長率を高める成長戦略の推進が、少子化対策としても重要となる。他方で出生率が向上すれば、それが潜在成長率と中長期の成長期待を高めることになる。出生率と中長期の成長期待とは、スパイラル的な悪循環にも陥りやすい一方、好循環ともなり得るのである。この点から、少子化対策を成長戦略と一体で捉え、推し進めていくという発想が、もっと重要なのではないか。

少子化対策が、経済、社会の安定の観点から、現在の日本にとって最も重要な政策の一つであることは疑いがないが、それを将来世代への大きな転嫁となる赤字国債の発行増額で賄うことは問題である。それは将来世代の負担を高め、中長期の成長期待を低下させ、それを通じて出生率に悪影響を与える可能性も考えられるからだ。

こうした点を踏まえると、少子化対策は現役世代の負担でしっかりと賄うべきだ。そのためには、拙速な実施を避け、少子化対策の重要性を今一度、国民の間でじっくり議論すべきだろう。そうすれば、財源確保や望ましい予算規模、内容などについて、より適切な組み合わせの答えも見えてくるのではないか。

(参考資料)
「こども未来戦略方針」案、こども未来戦略会議
「少子化対策 財源示さず」、日本経済新聞、2023年6月1日

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