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金融政策見直し以外に植田総裁に3つの課題

2023/06/09

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コミュニケーションの正常化

4月の植田日銀総裁の初回の金融政策決定会合では、金利に関するフォワードガイダンス(政策方針)の微修正と過去25年にわたる非伝統的金融政策に関する「多角的レビュー」を打ち出した以外、新たに打ち出したものはなかった。5年間の任期中には、過去10年続いた異例の金融緩和の枠組みを大きく見直すことが予想されるが、それに本格的に着手するのは来年後半以降になると見込まれる。植田日銀がその本領を発揮するまでに時間を要すという点で、「スロースタート」と言えるだろう。

しかし、植田総裁に課される課題は、金融政策の見直しだけではない。それ以外に大きく3つの課題に直面していると言える。

第1は金融市場や国民とのコミュニケーションの正常化である。政策意図の分かりにくさは、黒田前総裁のもと10年間続いてきた大きな問題である。金融緩和に前向きな総裁のもと、事務方主導で政策の柔軟化策、副作用対策など「事実上の正常化」が進められてきたため、緩和を修正するいわば「後退」の施策でも「前進」とする説明が続いてきたのである。

こうした情報発信、コミュニケーションは、日本銀行の政策、あるいは説明は分かりにくいとの認識を国民の間に広め、それが日本銀行に対する国民の信頼性低下につながってきた面があるだろう。

植田総裁に求められるのは、政策意図をストレートに外部に伝えることで、政策への信頼を回復する、というコミュニケーションの正常化である。

政府との政策協調のあり方の見直しを

第2の課題は、政府との政策協調のあり方の見直しだ。岸田政権は、2013年1月の政府と日本銀行の共同声明、いわゆるアコードの修正を植田総裁といずれ協議する考えを持っているだろう。日本銀行が2%の物価目標の達成に向けて積極対応を約束したとされるこの共同声明が、日本銀行の政策姿勢を硬直化させてしまった一因だ。それを見直すことを通じて、日本銀行により柔軟な金融政策運営を可能とすることを岸田政権は意図しているのではないか。実際、共同声明の見直しを通じて、2%の物価目標は中長期の目標などに柔軟化されると見込まれる。

ただし、物価目標の見直しや金融政策の修正は、本来は日本銀行の単独の判断で進められるべきものだ。日本銀行の政策決定を巡っては、政府と十分な意思疎通を行うことが、日本銀行法第四条で求められているが、日本銀行は、政府の意見を聞き、議論を重ねたうえで、最終的には独自の判断で金融政策を決定すべきだ。

そして植田総裁のもとでは、日本銀行も政府の経済・財政政策について、積極的に考えを伝えるべきだろう。政府と日本銀行が自由闊達に議論を交わしたうえで、最終的な政策はそれぞれの機関の判断に委ねられるというのが適切な姿である。政府よりも中長期の視点から経済及び国民生活の安定を考える日本銀行は、政府の政策に対しても有益な示唆を与えることができるはずだ。金融政策では、国民が直面する多くの経済的課題に対応することはできない。

財政の規律を緩めてきた弊害への対応

第3の課題は、過去10年にわたる異例の金融緩和が、財政の規律を緩めるという弊害を生み出したことへの対応である。現在、日本銀行が取得する長期国債は、銀行から入札方式で買い入れているものであり、財政法第5条によって原則禁じられている直接引き受けではない。

しかし、政府が長期国債を発行した直後に日本銀行はそれを買い入れることは、円滑な国債消化などの政府の国債管理政策を助ける「財政ファイナンス」に近いもの、と考えられる。そのもとでは、国債を大量に発行しても金利は上昇しないとの認識が政府、国会で広がりやすく、それが、財政の規律を緩めている。

財政規律が低下したもとで政府債務の増加が続くと、将来世代へ転嫁される負担が累積することになる。その分、将来世代による需要が低下するとの見方から中長期の成長期待が低下し、企業は投資、雇用、賃金を抑制してしまうだろう。その結果、経済の潜在力が損なわれてしまう。

日本銀行には、金融緩和の見直しを進めることを通じて、国債市場が財政リスクを反映できるように市場機能を回復させることが求められる。また政府、国会に対しては、必要に応じて金融緩和を柔軟に見直していくとのメッセージを送ることを通じ、日本銀行の金融緩和に依存せず、金融市場の安定により責任を持った財政運営を促すことが重要だろう。

日本銀行は課題山積の状態であり、植田総裁は金融政策の見直し以外でも、その政策手腕が大いに試されることになる。

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