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SECと暗号資産交換業者がいよいよ本格対決へ:暗号資産の衰退への一歩か新たな進化のきっかけか

2023/06/12

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SECが暗号資産交換所大手2社を相次いで提訴

米証券取引委員会(SEC)は、6月5日に暗号資産(仮想通貨)交換所大手のバイナンスを提訴、続いて6日に同じく暗号資産交換所大手の米コインベースを提訴した。両者は暗号資産の取引で世界市場の半分程度を占めている。暗号資産交換業全体に与える影響の大きさを踏まえた措置である。

バイナンスの提訴についてSECは、「連邦証券法をあからさまに無視し、投資家を犠牲にして自分たちが利益を得た」と主張している。さらに、顧客の資金を分別管理せず、ユーザーの資産をリスクにさらしたともしている。

米国の裁判所がバイナンスを無認可の交換業者と判断した場合には、米国での交換サービス提供を禁じる差し止め命令が出され、バイナンスは米国市場を失うことになるだろう。ただし、訴訟は何年もかかる見通しだ。

コインベースについてSECは、交換所やブローカーディーラー、清算機関としてSECに登録するべきだ、と主張している。さらにコインベースの「ステーキング」と呼ばれる報酬プログラムについて、必要な登録を怠ったとしている。

ステーキングとは、暗号資産の売買を行うのではなく、それをウォレットに入れて自由に動かせない状態にしたうえで、ブロックチェーンに追加するデータの承認など、ネットワークの維持に関わる見返りとして、その報酬を暗号資産で受け取る仕組みのことをいう。暗号資産の保有者は、株式の配当のような所得を年数%受け取ることができる。

提訴は暗号資産が証券であることを証明するための取り組み

今回のSECの訴訟は、多くの暗号資産が証券であることを証明するための取り組みの一環と言えるだろう。SECは今回の2つの訴訟で、証券としてみなす十数種類の暗号資産のリストを提示している。この中にはトークンとして人気のある「ソラナ(Solana)」、「カルダノ(Cardano)」、「ポリゴン(Polygon)」も含まれる。

裁判を経て、暗号資産の開発業者や交換業者はSECへの登録を強いられることになれば、投資家への情報開示や特定の利益相反の禁止など、金融業界が課せられている規制の多くに対応せざるを得なくなる。例えば、現在の暗号資産取引では、顧客が交換所に直接アクセスできる。しかし、証券取引関連法が適用されれば、ブローカーディーラーを通じなければ、顧客は交換所にアクセスできなくなるだろう。

このように、証券取引関連法が適用されれば、暗号資産交換業者にとってそのコストは非常に大きいものとなり、主要市場である米国での暗号資産ビジネスは壊滅的な打撃を受ける可能性があるのではないか。

新たなルール作りをせずにいきなり罰則を科す

今回のSECの提訴について、対象となった2社を含め、暗号資産交換業者からは強い反発が出されている。彼らは、業界に対する長期的な政策のためのルールを決めずに、代わりに罰則を科すことで市場を規制している、とSECを強く非難している。

例えば、コインベースはSECにルール策定を求めた2022年の請願書の中で、自社のブローカーディーラー子会社を通じたデジタル資産証券の取引、あるいは取引を可能にする仕組みを検討する、と述べていた。ただし、それは「デジタル資産証券の提供・販売・取引・保管・清算に伴う技術的な方法に対応するルールが導入された場合」に限る、とも記した。

しかしSECからは暗号資産に適用される新たなルール、仕組みは示されずに、いきなり提訴されたのである。確かに強引なやり方のようにも思われる。

米国内での規制当局の勢力争い

世界の金融規制当局が仮想通貨に「暗号資産」という名称を付けた時点で、それは「通貨」ではない、との結論は出されたように思う。他方、暗号資産が「商品」なのか、「証券」なのかという米国内での議論には決着がついていない。

昨年11月の暗号資産交換業者FTXの破綻以降、暗号資産を「商品」とする米商品先物取引委員会(CFTC)と暗号資産を「証券」とするSECとの規制の主導権を巡る勢力争いは激しさを増している。今回のSECの提訴もその一環と考えられる。

それ以前にCFTCは、バイナンスを提訴している。同社が、CFTCに登録しないまま、暗号資産のデリバティブの販売を行ったことが提訴の理由である。またCFTCは、バイナンスはテロリストによる資金調達やマネーロンダリング(資金洗浄)への効果的な対策も取っていなかったとしている。

SECのゲンスラー委員長は「現在、1万〜2万に及ぶ種類のトークンが存在する。米ドルは既にデジタルの形態で取引されおり、これ以上、デジタル通貨は必要ない」とも述べている。これは、暗号資産を否定するかのような発言だ。ゲンスラー委員長は、暗号資産に適用される新たな法規定は必要ではなく、証券関連法に適合しない商品やビジネスは存在できない、との強硬な姿勢のようだ。

衰退の道か新たな進化のきっかけとなるか

昨年の大手暗号資産取引所テラ、FTXの破綻によって暗号資産の信頼性は大きく傷ついた。今度は、当局による規制強化という新たな逆風に見舞われることになった。現時点では、バイナンスもコインチェックも、法廷の場でSECと真っ向から闘う構えである。

法的に決着が着くまでには何年もかかるが、その着地を見定めながら、暗号資産のビジネスは新たな方向に大きく変化を遂げる可能性もあるのではないか。証券関連法に適合する方向でビジネスの見直しが進む可能性がある一方、証券関連法の適用を免れるために、より証券と解釈されない方向で暗号資産やそのビジネスが発展していく可能性もあるだろう。

これが暗号資産の衰退への道となるのか、あるいは新たな進化のきっかけになるかはなお不透明ではあるが、今回のSECの提訴が暗号資産、暗号資産交換業にとって大きな岐路となる可能性が高いだろう。

(参考資料)
"SEC's Coinbase Complaint Sets Off Battle for Crypto's Future(コインベース提訴、暗号資産めぐる戦いに火ぶた)", Wall Street Journal, June 7, 2023
"What Is Happening With Binance? (バイナンス提訴、何が起きているのか)", Wall Street Journal, June 8, 2023
「仮想通貨、狭まる包囲網 米SECが2大交換所を提訴」、2023年6月8日、NIKKEI FT the World
「仮想通貨交換業者を米当局が提訴 なぜ、締め付け強化?-イチからわかる金融ニュース」、2023年6月10日、日本経済新聞電子版

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