バイナンスの米国資産凍結は回避

米証券取引委員会（SEC）は6月5日に、暗号資産（仮想通貨）交換所大手のバイナンスを提訴、続く6日に同じく暗号資産交換所大手の米コインベースを提訴した。両社ともに法廷の場で全面的にSECと争う構えである。結論が出るまでには何年もかかりそうだ。

バイナンスの提訴についてSECは、「連邦証券関連法をあからさまに無視し、投資家を犠牲にして自分たちが利益を得た」と主張している。さらに、顧客の資金を分別管理せず、顧客の資産をリスクに晒したともしている（コラム「SECと暗号資産交換業者がいよいよ本格対決へ：暗号資産の衰退への一歩か新たな進化のきっかけか」、2023年6月12日）。

SECはバイナンスを提訴した直後、裁判所に対して、顧客の資産を保護する目的で、同社の米国の全資産を一時凍結するよう要請した。これを受けてバイナンスの米国法人は、米ドルの預け入れを停止する、と明らかにしていた。

ただしバイナンスは、顧客資産は安全であり、資金の流れを遮断することは同社のビジネスを破壊し、顧客に損害を与えるものと主張したのである。

バイナンスとSECは6月17日に、同社の米国資産の扱いについて合意し、SECが求めていた米国での顧客資産凍結は回避された。バイナンスは顧客の資産を米国に送還し、米国の顧客はバイナンスのプラットフォームから資金を引き出すことが認められる。他方でバイナンスの米国法人は、事業運営費用を賄う以外に米国での自社の資産を使うことを禁止されることとなった。

この件では、両者は合意に達したものの、SECのバイナンス提訴を受けた裁判はなお続く。バイナンスの米現地法人は、「SECは、事実に基づかない主張などあらゆる手段を通じて暗号資産業界を潰そうと試みている」と強く非難した。

価値が下落した顧客資産の保全を目的とする基金

SECはバイナンスに対して、顧客の資金を分別管理せず、顧客の資産をリスクに晒していることを、提訴の理由の一つとしている。他方でバイナンスは、顧客の資産は安全と反論している。バイナンスは、顧客資産の保全を目的とする「Secure Asset Fund for Users （SAFU）」基金を持っている。ただしその価値は、SECの提訴を受けて2桁を超える比率で下落している。

SAFU基金は暗号資産「ビットコイン」、ドル連動型の暗号資産、バイナンスが発行するトークン「バイナンスコイン（BNB）」の３つの資産を保有している。このうちBNBはドルベースで全体の半分程度を占めている。ところが、SECの提訴を受けて、BNBの価値は一気に2割下落してしまった。

バイナンスの広報担当者は、SAFU基金を定期的に点検し、必要な場合は補充していると説明している。同業FTXの経営破綻が起こった昨年11月に、SAFU基金の価値は7億3,500万ドルまで下がったが、バイナンスは補充によりこれを10億ドルに引き上げていた。

今回も同様のことを行っている、あるいは行う予定とみられる。顧客資産の保全は、バイナンスに大きな負担を強いている。

バイナンスが訴訟費用捻出のため米国でリストラ

ロイターは15日、バイナンスの米国法人が一部の従業員を解雇したことを伝えた。ロイターは約50人が解雇されたとの関係者の話を伝えたものの、正確な削減人数は未確認としている。またブルームバーグによると、バイナンスは従業員に対して解雇理由を「何年も要する非常に費用のかかる訴訟に備えるため」と説明したという。

コインベースと同様に、バイナンスは、米国での暗号資産ビジネスを守るために、裁判を通じてSECと全面的に争う構えである。同社は長期戦を覚悟している。

（参考資料）
"Binance.US Reaches Agreement With SEC to Avoid Full Asset Freeze", Bloomberg, June 17, 2023
「バイナンス、顧客資産保全基金の価値が下落　SEC提訴響く」、2023年6月13日、ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース
「仮想通貨米法人が従業員を解雇―バイナンス、訴訟費用膨張に備え」、2023年6月16日、共同通信ニュース
「米SECと仮想通貨バイナンス、米顧客資産の保護策で合意」、2023年6月18日、日本経済新聞電子版

執筆者情報

• 木内 登英

  エグゼクティブ・エコノミスト