実質賃金が上昇に転じるのはまだ1年以上先か
5月の賃金上昇率は高まるも実質賃金の下落は続く
厚生労働省は7日、5月分毎月勤労統計を公表した。5月の現金給与総額は前年同月比+2.5%と、前月の+0.8%を大きく上回った。また、振れの大きい一時金や残業代などを除いた一般労働者の所定内賃金は、4月の前年同月比+0.9%から5月には同+1.8%へと大幅に上昇した。春闘で妥結された高い賃上げ率の影響が、5月の統計に本格的に反映されたためである。
それでも、消費者物価上昇率を引いた実質賃金上昇率は、前年同月比-1.2%と4月の同-3.2%からマイナス幅を大きく縮小させながらもマイナスを続けた。実質賃金上昇率の前年比低下は、これで14か月連続である。この先も、実質賃金上昇率の前年比低下は続くだろう。筆者は実質賃金が連続したマイナスを脱するのは2024年秋頃、安定的に増加を始めるのは2025年に入ってからと予想する。
個人消費や物価動向に大きな影響を与えるのは、振れの大きい一時金や残業代などを除いた所定内賃金である。そして、この所定内賃金は、春闘でのベアと近い動きを示す。
個人ベースで見れば、賃金の上昇は定期昇給分を含むベースで認識されるが、企業にとっての人件費、そして個人消費全体や物価に大きな影響を与えるのは、定期昇給分を除くベアの部分である。定年による退職者と新規就業者が同数であり、総就業者数が変わらなければ、定期昇給分の変化は、それらに影響を与えないためだ。
連合が7月5日に公表した春闘の最終集計によると、定昇込みの平均賃上げ率は+3.58%、賃金の内訳を明示している組合でのベア率(ベースアップ率)の平均は+2.12%となった。
春闘を反映した所定内賃金上昇率のトレンドは2%弱か
過去には、定期昇給分は+1.8%程度で比較的安定していた。しかし近年は、賃金の内訳を明示しない組合が増えたことにより、ベア率の平均値の信頼性は低下していると見られる。
こうした点を踏まえると、ベア率そして春闘の結果を十分に反映した所定内賃金の上昇率は、ともに5月分の+1.8%程度と考えられるのではないか。その場合、消費者物価上昇率が前年比+2%を割り込まないと、実質賃金の下落は終わらないことになる。
原油価格下落や食料品値上げの一巡などから、消費者物価上昇率はこの先低下傾向を辿ると見るが、その動きは緩やかだろう。その結果、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率が+2%を下回るのは2024年8月頃と見る(図表)。
図表 消費者物価上昇率の見通し
来年の春闘ではベア率の低下が見込まれる
ところが、この先消費者物価上昇率が低下していくことで、来年の春闘での賃上げ率は、30年ぶりの高水準となった今年を下回る可能性が見込まれる。今年の春闘が本格的に行われていた時に参照された消費者物価(除く生鮮食品)の最新値は、1月分の+4.2%だった。これに対して、来年1月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率は+2.1%と予想する(今年の物価高対策の影響が剥落することで2月分は+2.9%に上昇と予想)。春闘で参照される消費者物価(除く生鮮食品)の最新値は、来年は今年と比べて半分となるのである。この点を踏まえると、来年の春闘でのベア率は+1%強程度と予想される。それが所定内賃金に反映されていけば、実質賃金がマイナスを脱するためには、さらに消費者物価上昇率が低下して+1%を下回る必要が出てくる。そのタイミングを2024年10月頃と予想しているのである。
持続的な賃金、物価の好循環には労働生産性の向上が必要
この見通しに従えば、まだ1年以上実質賃金は下落を続けることになる。そのため、個人消費への逆風は続き、売上への悪影響に配慮して企業の値上げの動きは次第に弱まってくるだろう。原油価格上昇や円安など海外要因による一時的な物価上昇が、30年ぶりの高い賃上げを生んだものの、この先は、物価、賃金ともに上昇率を緩やかに低下させていく局面になると見込まれる。当然のことながら、日本銀行が目指す物価上昇率が持続的に2%となる物価目標の達成は見えてこない。
持続的に賃金、物価上昇率が高まるためには、実質賃金上昇率と深く関わる労働生産性の向上が必要だ。消費者物価上昇率が2%程度で安定していた90年代初めには、労働生産性のトレンドは+3%超であったのに対して、現在は+0%台であることを踏まえると、現状は、賃金上昇を伴う形での持続的な2%の物価上昇が実現する経済環境とはかけ離れている。
リスキリング、労働市場改革、インバウンド需要のさらなる喚起、少子化対策などを通じて、経済の潜在力を高める努力を続けない限り、持続的な賃金、物価の好循環は見えてこない。
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