先端半導体を中心とする米国の対中戦略
米国の先端半導体の対中輸出規制
米商務省は2022年10月に、スーパー・コンピュータや人工知能(AI)に使う先端半導体やその製造に必要な装置、技術について、中国への輸出を事実上禁じた。さらに半導体製造装置に強みをもつ日本とオランダにも同調するよう求めた。この分野の半導体製造装置は、日本、米国、オランダの3か国にほぼ限られているためだ。
トランプ前政権は、中国が2015年に公表した製造業での強国の実現を目指す「中国製造2025」への警戒感を強め、5G(次世代通信規格)などを中心に、ハイテク分野で中国の切り離しを進めた。2018年には半導体メモリーのDRAMメーカー、福建省晋華集成電路(JHICC)を、事実上の禁輸措置を課すエンティティ・リスト(禁輸企業リスト)に追加した。そして2019年には、華為技術(ファーウェイ)、2020年には半導体受託生産の中芯国際集成電路製造(SMIC)をリストに加えていった。
バイデン政権が対中輸出規制のターゲットにしたのは、トランプ前政権のエンティティ・リストによる企業ではなく、中国全体である。軍事技術に転用されるリスクがある最先端半導体の製造技術の中国への流出を、何としても食い止め、その分野での中国の成長を何としてでも食い止めようとする試みだ。
米国政府は、中国向けに輸出する、1)AI処理やスーパー・コンピュータに利用される半導体、2)先進的な半導体製造に利用される半導体製造装置の輸出管理について新たな措置を発表した。米国からの輸出のみならず特定の米国原産技術・ソフトウエアを用いて製造した半導体について、第三国から中国への輸出についても米当局への許可申請が必要となった。
規制拡大で日本経済に打撃も
日本とオランダも、米国の要請に応じて、先端半導体の製造装置の中国向け輸出の禁止に動いている。ただしこれは、自国経済にも打撃となる。
日本半導体製造装置協会によると、日本から中国への半導体製造装置の輸出額は2021年度に9,924億円であり、全世界向け輸出の29%を占める。ただし、輸出規制の対象となるのは中国向け半導体製造装置の一部であり、いわゆるローエンドの半導体を製造する半導体製造装置は対象外である。
そこで米企業は、基準以下の半導体、半導体製造装置の中国向け輸出を拡大している。いわゆる規制逃れである。それに対抗して、米国政府は製造装置の輸出規制の範囲を拡大させることを検討している。先端分野のみならず、パワー半導体の製造装置を含むミドルエンド以下の装置の輸出規制に乗り出せば、いよいよ日本メーカーへの打撃は大きなものになるだろう。
また、米国政府は、直接軍事分野以外でも中国への規制強化を進める考えである。バイオ技術など他の分野にも今後対象を拡大し、また対中投資規制も近々導入しようとしている。こうした動きに日本がどこまでも同調すれば、日本経済への打撃もより深刻なものとなっていく。日本も米国の対中戦略の協力には、どこかで歯止めをかける必要が出てくるのではないか。
中国の「軍民融合」と「知能化戦闘」
米国による先端半導体関連の中国向け輸出規制は、中国に大きな打撃を与えている。中国はこうした措置を「技術封鎖」と呼んでいるが、それによって、半導体自給率を2025年までに70%に引き上げるという「中国製造2025」の目標実現が危ぶまれる状況となってきた。
米国が警戒するように、中国のいわゆる産業政策である「中国製造2025」と民生技術を軍事利用する「軍民融合」とが一体化している可能性が指摘されている。2022年10月の第20回共産党大会で習近平主席は、AI開発とAIを最大活用した「知能化戦闘」を強調し、米国の対中強硬姿勢を示唆したのである。これは、2030年までにAIなどの民生技術を軍事利用する「軍民融合」で、アジア太平洋地域で米国の軍事力に対して優位に立つ狙いがあると指摘する向きもある。
ここでいう「知能化戦闘」とは、知能化した武器装備とそれを活用した作戦で、陸海空、宇宙、電磁、サイバー及び認知領域で展開する一体化戦争をいうとされる。
米国は伝統的な自由主義、市場主義を修正し中国の国家資本主義に近づく
中国との対抗を意識する中、米国政府の経済政策は、伝統的な自由主義、市場主義から、民間経済活動に政府が強く関与する、産業政策の色彩を強めている。中国などの国家資本主義に接近してきているとも言えるだろう。
そうしたなか、バイデン政権の新たな産業政策を示すとされる「サリバン・ドクトリン」というものがある。これは、国家安全保障担当のジェイク・サリバン米大統領補佐官が今年4月に打ち出したものだ。そこでは、冷戦終焉後の新自由主義的な経済政策の行き過ぎが産業空洞化と雇用喪失を招いたとの反省に基づき、地政学的リスクや気候変動、米製造労働者を考慮した政府主導の的を絞った戦略的投資を重視した現代版「産業政策」による中間層再興の外交政策へのパラダイム転換の重要性を強調している。
サリバン米大統領補佐官は、市場の効率を重視する中で、戦略物資を生産する産業や製造雇用を含むサプライチェーン全体が海外に移転し、それは米国の産業空洞化と雇用の喪失を招いてしまったとする。さらに、貿易自由化を含むグローバリゼーションの弊害についても指摘する。米国は2020年に中国の世界貿易機関(WTO)加盟を認め、自由貿易体制に取り込もうとしたが、それが、中国製品の米国への流入を通じて米国の雇用を喪失させた。少なくとも、グローバリゼーションは中国の軍事的野心拡大やロシアの隣国への侵攻を阻止できなかった、と結論付けている。
デカップリングかデリスキングか
こうした考え方が、中国に対する輸出規制強化の背景にある。これは、伝統的な米国の自由主義、市場主義を大幅に見直すものだ。この点を踏まえると、米国は中国向けの規制強化を、安全保障上の脅威となる狭い分野に限定する保証はない。先端半導体関連の輸出規制は、一時的には中国に深刻な打撃を与えるだろうが、中国側もいずれ体制を立て直し、独自技術でAI技術に必要な先端半導体の製造を進めることになるのではないか。
米国は経済面での対中戦略は、デカップリング、つまり中国との分断を図るものではなく、安全保障面を重視した中国リスクの低減、いわゆるデリスキングと説明している。しかし、これは中国との経済関係を維持したいと考え、米国の強硬な対中政策を警戒する欧州諸国に配慮した説明なのではないか。実際には、米国の対中戦略は、デカップリング、中国封じ込め政策へとさらに発展しいく可能性は否定できない。
米中間の国際競争力と軍事の双方が結びついた熾烈な覇権争いに、終わりは見えてこないのである。
(参考資料)
「米政府、AI半導体の対中輸出規制を拡大 現地報道」、2023年6月29日、日本経済新聞電子版
「半導体「ブロック化」 日本は輸出規制で足並み、中国反発」、2023年4月1日、日本経済新聞電子版
「特集 半導体 EV&電池 国家ぐるみの覇権戦争」、2023年5月27日、週刊ダイヤモンド
「米技術封鎖に「中国製造2025」黄信号=国際金融羅針盤」、2023年6月8日、J-Pulse国際金融レポート(国際金融羅針盤)
「米国「de-risking」政策で強靭供給網=国際金融羅針盤」、2023年5月17日、J-Pulse国際金融レポート(国際金融羅針盤)
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