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日本の先端半導体製造装置の輸出規制:米国の対中制裁は「デリスキング」から「デカップリング」に進むか

2023/07/25

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米国の要請に応じ日本は先端半導体製造装置の事実上の輸出規制

政府は7月23日、先端半導体の製造装置など23品目を輸出管理の規制対象に加えた。事実上の中国向け輸出規制措置である。

米商務省は2022年10月に、スーパー・コンピュータや人工知能(AI)に使う先端半導体やその製造に必要な装置、技術について、中国への輸出を事実上禁じている。その際、半導体製造装置に強みをもつ日本とオランダにも同調するよう求めていた。この分野の半導体製造装置は、日本、米国、オランダの3か国にほぼ限られているためだ。

今回の日本の措置は、こうした米国の求めに応じたものだ(コラム「イエレン米財務長官の訪中直前に中国が打ち出した半導体原材料の輸出規制措置」、2023年7月5日、「先端半導体を中心とする米国の対中戦略」、2023年7月13日)。

米国、日本、オランダの輸出規制の動きに対して、中国は既に対抗措置を講じている。中国は5月に米半導体大手マイクロン・テクノロジーの製品の調達を停止すると発表した。また8月からは半導体や電子部品の素材となるガリウムやゲルマニウム関連品目の輸出を許可制にする方針を示している。

今回の輸出規制の対象は限られるため、日本企業に与える影響は必ずしも大きくはない。しかし、この先米国による対中規制がさらに強化され、また中国からの対抗措置もエスカレートしていけば、日本企業、日本経済に与える打撃も着実に大きくなっていくだろう。

対中規制強化には米企業からも懸念

バイデン政権は追加的な対中規制強化を検討している。それは、半導体及び半導体製造装置などの輸出規制の範囲を拡大するものだ。また、対中投資を一部制限する新ルールの導入も検討しており、半導体や量子コンピュータ、AI分野への米プライベートエクイティ(PE)投資会社やベンチャーキャピタル(VC)の投資がその対象となる。投資の禁止や情報開示の義務化を盛り込む見通しだ。

こうした規制強化には、米国企業からも警戒の声が上がっている。米国の半導体大手3社(Intel、Qualcomm、NVIDIA)の最高経営責任者(CEO)らは7月17日に、複数の米国政府高官と会合を開き、米国政府が新たな対中半導体規制の強化として検討している内容について協議した。その内容は非公開であるが、米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association:SIA)は同日に、「米国政府による対中半導体輸出規制の追加措置の可能性」と題する声明文を公表し、追加措置への懸念を表明している。

そこでは、米国半導体業界の中国市場へのアクセスに対して、米国政府が過度な制限を課す措置を繰り返せば、それは米国の半導体産業の競争力を低下させ、サプライチェーンを混乱させ、市場に重大な不確実性を引き起こし、さらに中国による継続的な報復措置を拡大させる危険があるとしている。その上でSIAは、米中両国政府に対して、緊張を緩和し、これ以上緊張を高めるのではなく対話を通じて解決策を模索するよう求めたのである。

この声明に対して、米国家安全保障会議(NSC)は、「我々の制裁措置は国家安全保障に影響を及ぼす技術に焦点を合わせるよう慎重に調整されており、米国と同盟国の技術が我々の国家安全保障を弱めるのに使われないよう設計されたものである」と主張したという。

中国への規制強化は、あくまでも米国の安全保障上の脅威を取り除く目的で行われているものであり、範囲が狭く限定される。いわゆる「デリスキング」である、との主張だ。

中国の部品、材料の米国への流入を警戒

しかし実際には、米国政府にとっての中国の脅威は、安全保障分野に留まらず、中国からの安価な製品流入によって、米国の生産、雇用が失われているといった純粋に経済的なものも含まれている。

米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、「自由貿易が進展した結果、世界の生産ネットワークに対する中国の影響力は低下するどころか、むしろ増大した」と主張している。自由貿易制度の下で、中国は不公正な競争を使って米国の生産に悪影響を与えている、との認識だ。

またバイデン政権は、北米自由貿易協定(NAFTA)のもと、関税の障壁を避けて米国に流入する製品に、中国製の部品が多く使われていることを警戒している。トランプ政権がNAFTAの再交渉をした理由の一つにも、関税撤廃の条件となる域内の部品材料の比率を定める「原産地規則」が緩過ぎたため、北米外、とりわけ中国からの自動車部品の比率が高まっていたことがあった。

米国が新たな自由貿易協定の締結に慎重な理由の一つは、自由貿易協定の域外から安価な部品、材料が製品として入るのを警戒していることが挙げられる。

最近の電気自動車(EV)補助金制度でも、その対象となるのはバッテリー部品・原料の大半が米国または自由貿易協定締結国由来であることを求めている。制度の狙いは、二酸化炭素(CO2)排出量削減とともにEV製造に用いる中国からの部品、材料の依存を減らすことだ。米国内での生産を促すために、日本、欧州、韓国製造の車も補助金の対象外とされた。

「デリスキング」から「デカップリング」に

こうした点を踏まえると、米国が中国に対する規制は、安全保障上の脅威を取り除く「デリスキング」であるというのは建前であり、米国内での生産と雇用を中国から守ることも目指しているだろう。これは「デリスキング」よりも「デカップリング」に近い。

しかし、中国製品は世界のサプライチェーンに既に深く食い込んでいる。欧州連合(EU)によると、EVのバッテリーに使われるリチウムイオン電池の66%、風力発電部材の半分、全レアアース鉱物の86%、ドローンの77%が中国から供給されている。また、国際エネルギー機関(IEA)によれば、太陽光パネル製造の80%以上を中国が占めている。さらに中国は、医薬品有効成分や半導体製造用ネオンガス、CT検査などで使われる造影剤の主要供給国でもある。

こうした中、米国が急速にサプライチェーンから中国を排除する動きを強め、また、サプライチェーンを中国から友好国に切り替えるよう促す「フレンドショアリング」を進めれば、世界経済の大きな混乱につながるだろう。

米国がさらなる中国への輸出・輸入規制強化に動く際、日本は安易に同調しないことが、日本の経済的な利益の観点からは重要だろう。また、米国が中国からの「デリスキング」から「デカップリング」の領域へと大きく歩みを進める際には、それに歯止めをかけるべく米国に働きかけることも、世界経済の安定維持の観点から日本に求められるのではないか。

(参考資料)
"Untangling the U.S. From China's Economy Is Messy(米中経済の「切り離し」 実行の難しさ浮き彫り)", Wall Street Journal, July 24, 2023
"Biden’s Trade Challenge: Kicking the China Dependency Habit(中国依存の習慣を断て:バイデン氏の通商課題)", Wall Street Journal, June 26, 2023
「SIAおよび米半導体大手各社が米国政府の対中半導体規制の追加措置に懸念を表明」、2023年7月20日、マイナビニュース

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