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多様な論点が混在するNTT株売却論議の帰趨

2023/08/14

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迷走を続ける防衛費増額財源としての増税議論

政府が保有するNTT株の売却が議論されている。自民党は、NTT株売却を検討するプロジェクトチーム(PT)を立ち上げ、8月22日に初会合を開く方針を固めた。保有株すべてを売却する完全民営化も含め、様々な観点から株式売却の是非を検討する。

議論のきっかけとなったのは、防衛費増額の財源問題だ。政府は2027年度までに3.7兆円の追加財源を確保する必要がある。1兆円強を歳出削減、7,000億円程度を決算剰余金の活用、9,000億円程度を防衛力強化資金、そして1兆円強を増税で賄うと政府は決定した。

ところが増税については自民党内での反対が強く、依然議論は迷走している。去年12月に決定した与党の税制改正大綱には、防衛費増額の財源を賄うための増税の時期について、「2024年以降の適切な時期」と明記されていた。しかし政府が今年6月に決定した「骨太の方針」には、「2025年以降のしかるべき時期とすることも可能となるよう、税金以外の収入なども踏まえ柔軟に判断していく」という表現に修正された。2024年の増税実施はもはや難しく、最短でも2025年の実施となる情勢だ。防衛費の増額は2023年度から既に始まっている中で、その財源となる増税時期は先送りが繰り返されているのである。

「防衛費増額の財源」、「経済安全保障」、「通信業の国際競争力」の三竦みの構図

そこで自民党内では、政府が保有するNTT株の売却益によって、増税額を圧縮することが検討され始めたのである。

他方、政府がNTT株を売却すれば、NTT株が外国資本に買われることで、日本の重要通信インフラに外国の影響力が及んでしまうという、経済安全保障上の課題も議論されている。また、政府がNTT株の3分の1を保有し続けることや、それを規定するNTT法が、同社の自由な活動を阻害し、日本の通信業の国際競争力を削いでしまっているとの指摘もされている。

このように、政府が保有するNTT株売却の議論は「防衛費増額の財源」、「経済安全保障」、「通信業の国際競争力」といった全く別種の論点が絡み合う複雑で、それぞれが相いれない、いわば三竦みの構図となってしまっている。そのため、着地点については現時点では見通しがたい。

20年間でNTT株をすべて売却する場合、増税分の2割程度を代替できるのみ

「防衛費増額の財源」として政府のNTT株売却を活用することには問題がある。防衛費増額は5年間とされているが、現在の国際情勢を踏まえると、4兆円程度上積みされた予算が、その後に元の水準まで減額されるとはとても考えにくい。そのため、恒久財源を確保しておくことが必要だ。そうでなければ、5年後には財源確保の議論が再燃する。その際には、なし崩し的に新規国債によって賄われる事態となりやすいのではないか。NTT株売却は一時的収入でしかないことから、これを恒久財源である増税の代替とするのは問題である。

他方、政府がNTT株を売却する場合には、株価への悪影響を減らすために、時間をかける必要がある。自民党の甘利明前幹事長は、「20年とか(時間を)かけて売っていかなければならない」としている。

政府が株式の3分の1以上を保有することを義務付けるNTT法に従って、現在、NTT株の政府保有の割合は実質ベースで33.33%であり、その時価は4.7兆円程度である。仮にこれを20年かけて売却するならば、1年間の売却額は2,350億円となる。防衛費増額の財源となる1兆円強の増税額の各年2割強程度を賄う計算だ。また、増税分をすべてNTT株の売却で賄うとすれば、4年程度しか使えないことになり、他の財源を検討する必要が生じる。株価に与える影響も甚大となることから、それは現実的な選択肢ではないだろう。

いずれにせよ、防衛費増額については、NTT株の売却収入ではなく、恒久財源を確保することが求められる。

ほぼ40年前に施行されたNTT法は時代遅れか

政府がNTT株を売却するためには、政府が株式の3分の1以上を保有することを義務付けるNTT法を改正する必要がある。そこで、NTT法の問題点を巡る議論も活発となっているのだ。

ほぼ40年前の1984年に施行されたNTT法では、取締役と監査役の選任・解任、毎年度の事業計画、定款の変更や剰余金の処分などをいずれも総務相の認可事項と定めている。これは、あたかも国有企業であるかのような強い縛りである。それは、NTTのビジネスを強く制約している面があるだろう。

さらに、同法のもとでNTTは、全国一律の固定電話サービスの提供や、電気通信技術の普及に向けた研究成果の公開も求められている。

固定電話の利用者数は昨年度末で1,350万人程度であり、毎年150万人減っている。全国一律の固定電話サービスの提供の義務は、すでに時代遅れだ。また、電気通信技術の普及に向けた研究成果の公開については、安全保障上の重要な技術の海外流出を防ぐという経済安全保障の考えとも相いれない。

特に、光通信技術を使ったNTTの次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」に公開義務が課されていることは、経済安全保障上大きな問題とされる。これは、電子機器の電力消費が従来の100分の1になり、これまでの通信インフラの限界をはるかに超える高速大容量のネットワークを実現させようという構想である。その技術は、軍事分野にも大きな影響を与える可能性があるだろう。

NTT株売却が経済安全保障上のリスクを高めるか

政府のNTT株売却、NTTの完全自由化によって、NTTが外国資本に買われ、国の重要なインフラである通信を握られてしまうことを強く警戒する議論も、自民党内にはある。

ただし、自民党の甘利前幹事長は「強化が必要なら、外為法でできる」としている。重要インフラを担う国内企業については、経済安全保障推進法のもとで、外国の影響力向上を防ぐ措置が既に講じられている。また、2019年11月に外為法が改正され、海外資本による、日本の「重点企業」の株式取得が厳格化された。従来は、海外の投資家などが重点企業の株式を取得するとき、持ち株比率で10%以上の株式を購入する場合に限り事前届出が必要だったが、この基準が1%以上へと厳格化された。

通信インフラの技術を守るためには、NTT法という個別法ではなく、一般的な外為法、経済安全保障推進法で対応できるのではないか。かなり時代遅れとなっているNTT法については、電気通信業の国際競争力向上の観点も踏まえて、廃止や大幅改正を検討すべきではないか。

他方で、防衛費増額の財源としては、NTT株売却という一時的収入を恒久財源である増税の代替とすることには、財政の健全性の観点に照らしても問題である。

(参考資料)
「政府の株売却に耳目が集中--NTT決算」、2023年8月14日、電経新聞
「自民・甘利氏、政府保有のNTT株「20年など長期で売却」-法改正も言及」、2023年8月6日、日本経済新聞電子版
「NTT株の段階的売却論、自民党内で勢い・・・防衛財源に充て増税規模を縮小する狙い」、2023年8月13日、読売新聞速報ニュース
「独自:NTT株売却、22日に議論着手=賛否交錯、着地点見通せず-自民」、2023年8月10日、時事通信ニュース

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