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『106万円の壁』問題解決に助成金制度を10月に導入へ:抜本的な対応は第3号被保険者制度の見直し

2023/08/18

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企業の労働力不足を深刻化させる「106万円の壁」問題への対応

政府は、「年収の壁」の一つである「106万円の壁」の問題解消に向けて、新たな助成金制度を10月に導入する方針を固めた。パートの主婦らは年収106万円を超えると扶養から外れて社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料)を新たに支払う必要が生じ、その分手取りの収入が減ってしまう。それを回避するために労働時間を調整することで、企業の労働力不足が深刻化している面がある。これが、「106万円の壁」問題である。

政府が6月に策定した「こども未来戦略方針」では、「必要な費用を補助するなどの支援強化パッケージを本年中に決定した上で実行する」と明記していた。この時点で、助成金制度は来年からの導入が見込まれていたが、政府は今年10月からに前倒しする方針に転じた。10月から、最低賃金が全国平均で1,000円台まで大きく引き上げられる。その影響で同じ労働時間でも年収が増える可能性があり、それが働き控えをする人の増加につながりかねないことを政府は懸念したのである。

106万円を超えると減ってしまう従業員の手取り収入は、労働時間を延長するなどして年収約125万円に達すると、それ以前と同じ水準を回復することができる。そこで政府は、年収125万円に向けて、従業員と協力して労働時間を増やす計画を作成したり、パート労働者の賃上げに取り組んだりした企業に対して助成金を給付することを想定しているようだ。1人当たり最大50万円の助成が検討されている。政府は、こうした助成金制度の概要を盛り込んだ「支援強化パッケージ」を、9月までに取りまとめる予定だ。

助成金制度はかなり複雑で問題含み

ただし、この助成金制度はかなり複雑になるだろう。政府がどの部分を補助するかは明確ではない。106万円を超えることで、従業員と企業に新たに生じる社会保険料の負担の分、そして保険料支払いを引いた従業員の手取り収入が106万円で変わらなくなるように、企業が従業員に追加で支払う給与の双方について政府が補助をする、というのであれば話は単純である。

しかし、労働時間が増えても手取り収入が増えないことを受け入れる従業員は多くないだろう。追加の労働時間に対して従業員が要求する給与については、企業の負担となるが、それについても、「106万円の壁」の問題解消に向けた企業側の取り組みへの支援として、政府がすべて補助をするのか。仮に全額補助をするのであれば、従業員と企業が協議してそれを膨らませて水増し請求するようなケースも出てきてしまうのではないか。

また、人手不足に苦しむ企業にとっては、「106万円の壁」を超えた従業員に対する追加の支払いや、従業員と折半する社会保険料の支払いは、必ずしも負担とは言えず、企業の利益となる面もある。それを政府は支援することにも問題があるだろう。このように、新たな助成金制度は複雑となり、多くの問題を生むことになるのではないか。

本質的な問題は第3号被保険者制度

ただしこの助成制度は、「106万円の壁」問題の解消に向けた暫定的な対応、という位置づけである。抜本的見直しは、2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で議論する、と政府は説明している。

「106万円の壁」問題のもっとも本質的な部分は、国民年金の第3号被保険者制度にある。自ら公的年金保険料を支払うサラリーマンや公務員など第2号被保険者の配偶者で、社会保険上の扶養認定基準を満たしている人がこの第3号被保険者だ。保険料は配偶者の厚生年金から支払われるため自己負担はない。健康保険料も無料である。社会保険料を支払わなくても社会保険給付を得られることから、新たに社会保険に加入して、社会保険料分だけ手取り収入を減らすことを嫌う傾向が強いのである。これが、「106万円の壁」問題の底流にある。

この制度は専業主婦を前提とした、やや時代遅れの制度となっているのではないか。同制度は、女性の勤労意欲を削ぎ、女性の社会進出を抑制している面があるだろう。またそれによって、人手不足問題がより深刻になっているのである。

さらに同制度には、不公平感を生じさせている面がある。第3号被保険者が、社会保険料を支払わずに給付を受けているのは、独身者や共働き世帯がその分保険料を負担しているから、と考えることができる。また、自営業の妻は第3号被保険者となれないことも、不公平感を生じさせている。

女性の社会進出を後押しし労働力不足問題を緩和する抜本的な制度見直しを

政府は雇用保険の対象について、短時間勤務の非正規労働者などへの拡大を図っている。社会保険についても、対象を拡大することで保険料収入を増加させることが、財政の改善と制度の持続性にはプラスとなるだろう。

現在の第3号被保険者制度を一気に廃止することは現実的でないことは明らかであるが、パートの主婦らが新たに社会保険に加入する際に、現在よりも受給額が増えるなどといったインセンティブを与えるような制度の見直しが必要となるのではないか。そうした制度改正は、女性の社会進出を促すとともに、労働供給の拡大を通じた人手不足問題の緩和にもつながるものだ。

10月に導入される助成金制度は問題含みであるが、それはあくまでも暫定的な措置であり、その後の本格的な制度の見直しに、政府は早期に着手する必要がある。

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