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労働力不足でスタグフレーションの様相を強めるロシア経済

2023/08/21

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ルーブル安、物価高、大幅利上げの三重苦

ロシア連邦統計局が8月11日に発表した2023年4〜6月期のGDPは、前年同期比で+4.9%となった。5四半期ぶりのプラス成長である。しかしこれは、ウクライナ侵攻直後であった前年同期に、ロシア経済が大幅に落ち込んだことの反動によるところが大きく、ロシア経済が本格回復に転じたことを示すものではない。

ロシア経済にとって差し迫った問題は、歯止めがかからないルーブル安、それによる物価高、さらに通貨防衛のための大幅利上げによる景気抑制の三重苦である。物価高や経済の悪化は通貨安に跳ね返り、それが物価高をさらに促すという悪循環に陥るリスクもある。

ロシア中央銀行は15日に臨時の金融政策決定会合を開き、政策金利を8.5%から13%へと一気に引き上げる措置を決めた(コラム「歯止めがかからないルーブル安とロシア中銀の大幅金融引き締め」、2023年8月15日)。消費者物価上昇率を9%近く上回る水準にまで政策金利を一気に引き上げたことで、企業や個人の資金調達コストは上昇し、経済活動への悪影響も避けられないだろう。さらに、ロシア中央銀行は追加の政策金利引き上げを検討しているとみられる。

ウクライナ戦争後ロシアからの国外移住は100万人との推定

ロシア中央銀行は7月に、2023年の年間消費者物価上昇率を+5.0%〜+6.5%とする見通しを発表している。7月の実績値+4.3%から、年末にかけて物価は急加速していくことが見込まれている。物価上昇率を押し上げているのは、ルーブル安だけではない。深刻な労働力不足が、賃金の上昇を通じて物価を押し上げている。

ウクライナ侵攻後は、ロシアで労働力不足が深刻化している。5月の失業率は3.2%の低水準となった。ロシア中央銀行の企業調査によると、労働力不足は過去25年で最も深刻とされる。もともとロシアは、出生率の低下や高齢化、死亡率の高さなどの人口動態の要因から、労働力人口は減少していた。そこに加わったのが、ウクライナ侵攻の影響である。昨年秋の30万人の動員や動員逃れなどのための出国によって、ロシアの労働力不足は一気に深刻になったのである。

フランスのシンクタンク「国際関係研究所(IFRI)」は、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以降、ロシアから国外に移住した人の数が100万人に上るとの報告書を発表している。

頭脳流出がロシア経済の将来の潜在力を奪う

こうした人たちの移住により、侵攻前の2021年末時点でロシアの銀行に預けられていた個人貯蓄の11.5%に当たる約4兆ルーブル(約6兆2,200億円)が国外に移転したと分析されている。ルーブル安が進む理由の一つがここにあるだろう。

報告書によると、移住者の86%がロシアの平均年齢(45歳)以下の若い世代で、うち80%が高等教育を受けていたという。ロシアは人口減少の一部を移民の受け入れで埋めているが、その多くは中央アジアの近隣諸国からやってくる人々であり、彼らの中で高い専門性を持つ人は多くない。ロシア中央銀行によると、昨年のロシアへの出稼ぎ移民の数は増加したものの、高度な専門能力を持つ外国人の数は、逆に29%減少したという。

こうした状況はまさに頭脳流出であり、一時的な労働力不足の問題に留まらず、ロシア経済の将来の潜在力を奪っているだろう。

ロシアは軍需経済化が進んでいるか

労働力不足が制約となって生産活動が停滞すれば、通常では、それが徐々に労働力不足を緩和していくことが期待される。しかし戦争を継続しているロシアでは、政府が財政支出を拡大させ、需要を無理やり創出している状況である。そのため、需給が緩和されずに労働力不足が長期化している。その結果、賃金と物価が需給ひっ迫のひずみとして高まっている構図だろう。

ただし、賃金上昇率の高まりは企業収益を圧迫し、民間企業の活動を阻害する。また、通貨防衛と物価高対策としてのロシア中央銀行の金融引き締めも、民間経済活動の逆風である。こうした中、民間需要や民間企業の活動は縮小していき、ロシア経済は財政支出に支えられる軍事関連の比率を高めていることが予想される。戦争継続が、人手不足や物価高に見舞われているロシア経済を、辛うじて支えている、という側面もあるのではないか。

ただしそうした環境の下では、軍需関連とそれ以外の分野の経済活動の差が拡大し、それが労働者の所得格差の拡大など、格差問題も生じさせている可能性もあるだろう。

(参考資料)
「ロシア、戦時下で人手不足が深刻―動員や出国、経済に悪影響」、2023年8月14日、共同通信ニュース
「「ロシアから100万人流出」 ウクライナ侵攻以降、革命以来の規模」、2023年7月24日、毎日新聞
"Russia's Big Economic Problem: Not Enough Workers(ロシア労働力不足、経済の大問題に)", Wall Stret Journal, June 16, 2023

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