フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 10月のインボイス制度導入に伴う不安払拭が重要に:導入による消費税増収効果は2,480億円程度か

10月のインボイス制度導入に伴う不安払拭が重要に:導入による消費税増収効果は2,480億円程度か

2023/09/07

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

インボイス制度導入に税制の透明性、正確性、公平性を高める狙い

岸田首相は9月4日、消費税の適格請求書(インボイス)制度の円滑な導入に向けて、閣僚級の会議「インボイス制度円滑実施推進会議」を設置することを明らかにした。インボイス制度は10月1日から開始されるが、制度開始で大きな影響を受ける零細事業者やフリーランスなどから、不安の声が上がっている。

消費税は商品やサービスの提供などの取引に対して課される税金で、消費者が負担して事業者(企業)が納税する間接税だ。事業者は販売時に消費税分を代金に上乗せする。しかし、生産や流通の各段階で消費税分が販売価格に上乗せされ、それがすべて納税される場合には、二重、三重の課税となってしまう。そこで、仕入れ段階ですでに上乗せされ、仕入れ業者によって納税される消費税分を控除して納税する仕組みとなっている。これが仕入税額控除の制度である。

現状では、仕入税額控除額は簡便的に「みなし仕入れ率」で算出される。割合は納税事業者の業種によって異なり、業種の特性に応じて90%から40%までの6段階がある。仕入れ額に対して付加価値を上乗せする割合が小さい業種では、みなし仕入れ率は高く設定されている。例えば、卸売業のみなし仕入れ率は90%、小売業は80%、製造業や農林水産業は70%、飲食店業は60%、金融業は50%、不動産業は40%、などである。

この方式では仕入税額控除額の算出が簡単というメリットはあるが、他方で、税の正確性が犠牲となっている。その結果、不公平感も生じることになる。

2019年10月に消費税率が10%に引き上げられた際に、税率を8%に据え置く軽減税率も導入された。その結果、このみなし方式に基づく消費税額と本来納税されるべき消費税額との間の乖離が一段と拡大してしまった。そこで、税制の透明性、正確性、公平性を高める狙いで導入されるのが、新たな仕入税額控除方式、インボイス制度(適格請求書等保存方式)である。

インボイス制度のもとでは、一定の要件を満たしたインボイスを売り手(適格請求書発行事業者)が買い手に発行し、双方がインボイスを保存することで、消費税の仕入税額控除が適用されるようになる。そこには、上記の様に相応のメリットがあると言える。

事業者の間に残る根強い不安

他方、インボイス制度の導入を前に、事業者の間には大きな懸念がある。消費税の納税を担う事業者にとっての懸念は、第1に、みなし方式と比べて仕入れ税額控除が減少し、税負担が高まるのではないか、第2に、仕入れ先が適格請求書発行事業者に登録しなければ、その分は税控除がなされず、やはり税負担が高まるのではないか、といった点である。

現在は、課税売上高が1,000万円以下の事業者は、消費税の納税義務が免除されている。そうした事業者には、販売時に上乗せした消費税分が合法的に手元に残ることになる。これは「益税」と呼ばれている。そうした免税業者が新たにインボイスを発行する課税事業者(適格請求書発行事業者)に登録すれば、納税義務が新たに発生し収益環境が悪化する。

他方、そうした免税事業者は、インボイス制度導入後も、課税事業者に登録せずに、免税事業者であり続けることは可能である。しかしその場合、販売先の事業者はインボイスを取得できないため、仕入れ税額控除を受けることができなくなる。そこで、免税事業者から仕入れてきたものを、インボイスを発行する別の課税業者からの仕入れに切り替える可能性がある。その際には、免税事業者は販売先を失ってしまうことになる。あるいは、取引を続けることの見返りに、販売価格の値下げを要求される可能性も考えられる。

このように、インボイス制度の導入では、仕入れ先、販売先ともに不利益が生じる可能性がある。導入を目前に控えてもなお、事業者の間で懸念が払しょくされておらず、これが、政府の「インボイス制度円滑実施推進会議」設置の背景にある。

政府はインボイス制度の負担軽減措置を既に導入

政府はインボイス制度の円滑な導入のために、零細事象者に対する救済措置を決めている。免税業者が課税業者となっても、インボイス制度導入から3年間は、消費納税額を本来の納税額の2割とする(2割特例)。

また、インボイス制度の導入によって免税事業者が販売先を失ってしまうことへの対応としては、販売先(発注先)の税負担を抑える特例を政府は設けている。しかし、課税事業者に登録しない零細事業者やフリーランスがビジネスを失うことへの不安はなお解消されておらず、政府は引き続きインボイス制度の円滑な導入に向けて、そうした事業者を支援することが求められる。

インボイス制度導入による消費税収増加額は年間2,480億円

インボイス制度の導入によって、多くの免税事業者が課税業者に転換することで、益税がかなり減少することが予想される。これは、消費税収の増加となる。さらに、みなし仕入れ方式からインボイス制度に移行することで、事業者の納税額が増える可能性もある。この双方を合計した額が、インボイス制度の導入による税収増加効果であり、事業者にとっては負担増加効果となる。それがどの程度の規模になるかは、どの程度の免税事業者が課税業者に転換するかにも依存しており、明らかではない。

ただしこの点について、かつて政府は推計値を示している。2019年10月に消費税率が10%に引き上げられた際に、税率を8%に据え置く軽減税率が導入された。それによる当初増収見込みの減少分を穴埋めする財源について、政府は「第198回国会 財務金融委員会 第3号(平成31年2月26日)」で説明している。

それによれば、インボイス制度導入による消費税収増加額は年間2,480億円と試算されている。試算の前提について、当時の麻生財務大臣は以下の様に説明している。

「インボイス制度の導入により増収を見込むときに当たりまして、平成二十七年度の国勢調査というものを使わせていただいて、免税事業者数が約四百八十八万者ございますので、そこから、農協等に出荷しておられる農林水産業者、また非課税売上げが主たる事業の事業者等々を除かせていただいて、免税事業者は三百七十二万者程度に対しまして、BtoBの取引の割合でありますが、大体四割程度というのを乗じて、百六十一万者程度が課税事業者に転換をしていかれるのではないかという計算になっております。」

GDPの押し下げ効果は1年間で0.014%と限定的だが。。。

仮に益税の減少を中心とするインボイス制度導入による消費税収増加額は年間2,480億円となれば、それは2022年度消費税収額の22兆1,610億円の1.12%である。消費税率を0.1%ポイント程度引き上げた場合の増収効果に相当する。消費者の税負担は変わらないが、その分、事業者の所得が減少することになる。

インボイス制度導入に伴う事業者所得減少によって押し下げられる実質GDPは、1年間でわずか0.014%と推定される(内閣府、「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)」を用いた試算)。

このように、インボイス制度導入の経済全体への影響は限定的であるが、零細事業者、フリーランスのビジネス環境には大きな影響が出る恐れがあることから、政府には導入に向けた支援が引き続き求められる。

(参考資料)
第198回国会 財務金融委員会 第3号(平成31年2月26日(火曜日))会議録」

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ