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日本銀行の利上げに至る3つのシナリオ

2023/09/19

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総裁のインタビュー記事を受けて利上げ時期の見通しは前倒しへ

日本銀行は9月21日、22日に金融政策決定会合を開催する。前回7月の会合で、イールドカーブ・コントロール(YCC)の運営柔軟化を実施したばかりであることから、今回の会合で政策修正の実施を見込む向きは少ない。

先般の読売新聞のインタビュー記事を受けて、金融市場ではマイナス金利政策解除の時期についての見通しが前倒しされた。エコノミストに対する各種アンケート調査によると、来年4月のマイナス金利政策解除を見込む向きが最も多くなり、それについで来年1月の見通しも少なくない。一部では年内の実施も見込まれている。

ただし、読売新聞のインタビュー記事を受けた長期利回り上昇といった金融市場の反応や、先行きの政策見通しの修正はやや過剰反応だろう。記事の中で植田総裁は、現状は「来年の賃金上昇につながるかどうか見極める段階だ」としたうえで、「(来春の賃上げが)十分だと思える情報やデータが年末までに揃うことも可能性としてはゼロでない」と発言した。インタビューの中でこの部分の発言が、金融市場に早期利上げ観測を浮上させたのである(コラム「日銀利上げ観測で長期国債利回りが上昇、円安には歯止め」、2023年9月11日)。

決定的に重要なのは来年の春闘でありその前の政策修正は考えにくい

しかし、「年末までに揃うことも可能性としてはゼロでない」という発言の趣旨は、文字通りに可能性はゼロではない、ということであり、確率はかなり低いということではないか。22日の総裁記者会見では、このインタビューの真意を聞かれ、総裁は政策姿勢に変化がないことを改めて強調することが予想される。その結果、利上げ時期の見通しは再び後ずれし、長期利回りの低下と円安が多少進行することが予想される。

日本銀行は現在、物価、賃金の動向を見極めている状況であり、近い将来に本格的な政策修正を実施する可能性は低いと考えられる。

高い物価上昇率が持続的なものとなり、2%の物価安定目標の達成が見通せるようになるかどうかという観点から、日本銀行が最も注目しているのは明らかに来年の春闘である。この点から、その前の来年1月の決定会合で利上げを実施する可能性はかなり低いだろう。本格的な政策変更は、最短で春闘後の来年4月の決定会合と考えられる。

物価目標達成と確信して政策修正を進める可能性はかなり低い(第1のシナリオ)

マイナス金利政策解除など、本格的な政策修正に至るプロセスには3つのシナリオがあると考えられる。その前提は、植田総裁と日本銀行の事務方は、現在の異例の金融緩和には副作用が大きいことから、それをなんとか理由を見つけて見直したい、という意向を強く持っているということだ。

第1は、来年の春闘での高めの賃上げ率(ベアで+3%~+4%)を受けて、2%の物価目標達成が見通せるようになったと日本銀行が本音で判断し、それを宣言することだ。その後に、政策修正を急速に進めることになる。

ただし、その可能性はかなり低いのではないか。黒田総裁は、2%の物価目標達成と整合的な賃上げ率はベアで+3%としていた。今年の春闘でベアは+2%強であったが、足元の所定内賃金上昇率は+1%台半ばであり、中小、零細企業も含めた基本給の上昇率の平均値はこの程度の水準である。

これが来年の春闘で+3%超まで加速する可能性は限られるだろう。春闘実施時に参照される最新の物価上昇率(コアCPI)は、今年1月が+4.2%であったのに対して、来年1月には一時的に+2%を割り込むことが予想される。物価上昇率が今年の半分以下となる中で、ベアが大きく加速する可能性は低いだろう。今年の予想外の賃金上昇率の上振れも、上振れた物価上昇率が転嫁されたことによるところが大きい。

さらに、2%の物価上昇率が実現していた90年代初頭には、実質賃金上昇率を決める労働生産性上昇率は+3%台後半だった。そのもとで、基本給上昇率のトレンドは+4%程度であったとみられる。来年の春闘でさらにそこまでベアが加速する可能性は極めて低いだろう。

実際には、+1%台までベアは下落する可能性をみておきたい。そのため、来年の春闘を受けて、日本銀行が2%の物価目標達成を確信し、宣言する可能性は低い。

2%の物価目標を達成できると思わなくても達成と宣言して政策修正を進めるのはリスクが高い(第2のシナリオ)

しかし、日本銀行が理由を見つけてなんとか現在の金融緩和を見直したいと考えているのであれば、本当に2%の物価目標を達成できると思わなくても、達成が見通せたと宣言して、政策修正に踏み切る可能性はあるだろう。この第2のシナリオの可能性は、第1のシナリオに比べれば明らかに高い。

日本銀行のコアCPIの見通しは、2023年度に+2.6%と2年連続で+2%を大きく上回る。来年の春闘の賃上げで、今年の水準を下回っても比較的高めの賃金上昇率が維持される一方、現在+1.9%である2024年度の物価見通しをこの先+2%超にまで引き上げれば、3年連続で物価上昇率は+2%を大きく上回ることになる。これらを持って、日本銀行が2%の物価目標達成が見通せたと宣言し、最短では来年4月の決定会合でマイナス金利政策解除に踏み切るというシナリオだ。

しかし、2%の物価目標達成が見通せたと宣言すれば、金融市場は、短期金利が2%以上の水準まで引き上げられるとの観測を強め、その結果、10年国債利回りは3%ほどまで跳ね上がる可能性が出てくる。これは金融市場に大きな混乱をもたらす。

実際に2%の物価目標が達成され、インフレ期待も+2%程度の水準で安定するのであれば、こうした長短利回りの上昇は、実体経済に大きな打撃とならないだろう。しかし実際には、2%の物価目標が達成されることはなく、インフレ期待も+2%よりもかなり低いの水準で安定するようになるなかで、政策変更を織り込んで長短利回りがここまで上昇すれば、実体経済にかなり大きな打撃を与えるだろう。

それを受けてインフレ率も+2%から大きく下振れ、日本銀行の本格政策修正は拙速であり失敗だったとの強い批判を受けることになる。

マイナス金利政策解除は来年後半以降か(第3のシナリオ)

こうした点を考えれば、最も可能性の高いシナリオは第3となる。来年春闘賃上げ率が期待された水準ほどに達しないことを受けて、日本銀行は2%の物価目標は短期的には達成できない、と宣言するのである。その場合、来年4月の展望レポートでは、2025年度に加えて2026年度についても物価上昇率が+2%を大きく下回る予測値を示すだろう。

そのうえで、金融緩和は長期化するとし、長期戦に備えて金融緩和の枠組みを見直す方針を示すのである。緩和が長期化すれば副作用も大きくなり、それが緩和の継続性を損ね、物価目標の達成を妨げてしまう、との説明となるだろう。そうした説明を踏まえて、副作用の軽減が狙いとしつつ、実際には、緩やかながらも本格的な政策修正に乗り出すのである。この場合、第2のシナリオのように、急激な利回り上昇が生じることもないだろう。日本銀行が想定するペースと順番で、政策の見直しを順次、緩やかに進めることができる。

また、事前にサプライスとなることを予言していた7月のYCCの柔軟化とは異なり、政策修正は十分に時間をかけて金融市場に織り込ませながら実施することが予想される。そのため、春闘の結果を受けて直ぐに、来年4月にマイナス金利政策解除に踏み込む可能性は低いだろう。多角的レビューの結果を踏まえ、マイナス金利政策の副作用について金融市場に十分に説明したうえで、マイナス金利政策解除を実施するのは、最短で来年後半になるのではないか。

さらに、内外景気情勢の悪化や米国での金融緩和が日本銀行の政策修正を後ずれさせる可能性が考えられる。それらの動向次第では、マイナス金利政策解除の時期は2025年まで後ずれする可能性もあるだろう。

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